第6章
羽化
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人の目から見られない階段の影に隠れて、杳は求められるままに佐渡と唇を重ねた。
佐渡とは何度かキスをしたことはあったが、こんなふうに溶けるような甘い口づけは初めてだった。
「な。これから俺んち、来ねぇか? 誰もいねぇんだ」
唇を放すと、佐渡は杳の髪の毛を柔らかくすかしながら聞いてきた。この男が何を考えているのか、すぐに知れた。さすがにためらう杳。
「あ…オレんち、春からこっち、厳しくなって…門限、早くて」
もちろん、口から出まかせだった。
「なら、試験勉強するって言えよ。クラス委員の家って言えばいいじゃねぇか」
「そんなのウソだってバレるよ。教科書も持って来てないのに」
そこまで言って、杳は背後の壁に押し付けられた。
「じゃあここでヤるか? ムードもへったくれもねぇけど、この前みたいに場所を選んでいる間にヤっときゃ良かったって事になるよりマシだしな」
言って、杳の首筋に唇を押し付けてくる。
「ちょ、ちょっと…委員長っ」
佐渡を押しのけようとする杳。が、力は佐渡の方が上で、反対に抱きすくめられた。杳の下腹部に触れる佐渡のものから逃げようとする杳を、更に強く身体を密着させていく。そして、片手で杳の腰から後ろへと、ジーンズの上からゆっくり撫でていく。
「や…やだ…」
小さく震えてくる身体。まずいと思った。込み上げてくる嫌悪感と嘔吐感。人に触れられる度に感じる恐怖感。いつもそうだった。思い浮かぶのは、あの闇の中で味わった恐怖。
「…やっぱり…オレ…」
佐渡の腕の中で身をよじろうとするが、抱き締められた上半身と押さえ付けられた下半身は、どちらも身動きできなかった。
「俺の物になるって言ったよな?」
「だから、それは…」
言い訳する前に、唇を塞がれた。しかし、与えられる口づけは無理矢理されるようなものではなくて、包み込むように優しかった。
「杳…好きなんだ。お前のこと、ずっとずっと…」
甘い声で囁いては、また口づけてくる。ゆっくりなぞられる背。その温もりに、次第に落ち着いてくる気持ち。
杳の身体を押し付けていた佐渡の手の力は、いつの間にか緩められていて、その代わりに、柔らかく抱き締められていた。
以前に無理矢理しようとして嫌がられた為、戦法を変えただけなのだとは分かっていたが、杳は佐渡に飲み込まれていく自分をどうしようもなかった。
次第に力が抜けていくような気がして、佐渡の腕の中にその身を預けていった。
「俺んち、来るだろ?」
耳元で囁かれ、うなずく。
「オレを解放してくれる?」
その言葉の意味をどう取ったのか、佐渡はわずかに笑んで、もう一度口付けてきた。