第6章
羽化
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言われて杳はドキリとする。が、それは相手に悟られないように。
「失礼な奴だな。あんたこそ、カタギの人間には見えないけど」
黒ずくめの男を従えて翔を誘拐した時など、本気で危ない職業の息子かと思ったくらいだったと付け加える。
「社長の御曹司を捕まえて、そりゃねぇだろ」
笑って返すが、その目は笑ってなどおらず、杳は一歩後ずさる。
「それよりも、杳…」
近づこうとする佐渡から、もう一歩下がる杳。
「オレに触るな。大声出すぞ」
言われて歩みを止める佐渡。
「えらく嫌われたものだな。こんなにも思ってるのに」
おどけた口調で、肩をすぼめて見せる。
「お前、人の気持ちなんて考えたことねぇだろ。こんなことを言ったら相手が傷つくんじゃねぇかとか。ま、俺も人のことを言えた義理じゃねぇけどな」
睨む杳に佐渡はふっと真剣な顔になる。それは今まで杳の見たことのないものだった。
「俺はお前のこと、殺してしまいたくねぇんだ。だから…俺につけ」
はっとする。何を言っているのか、すぐに分かった。
寛也達竜族と敵対する青雀である佐渡。力でも甚大な差を持つ父竜側である自分たちの側に回れと言っているのだ。
「何のこと? あんた、殺人願望でもあるの?」
誘いに乗るつもりなんて毛頭ない。勾玉を身の内に持つ自分は。
「マジ、ストーカーじゃない。勘弁してよ」
しれっと言って、杳は佐渡に背を向けた。その背後から抱きすくめられた。
「放せよっ」
「好きだ…杳」
耳元でささやかれた言葉に、びくりとする。これまで幾度も迫られたことがあるが、いつも強引で、杳の事など全く考えていない態度をとっておきながらと、杳は驚くよりも先に腹が立った。
「まだあの熱血バカを選んでねぇってんなら、考えてくれよ」
「冗談っ」
言うなり出たのは後ろ蹴りだった。佐渡の向こう脛を思いっきり蹴り飛ばして、怯んだ隙にその腕から逃げ出した。
「オレがあんたを選ぶとでも思ってんの?」
有り得ないと完全否定する杳の言葉に、佐渡は自信ありげに笑った。
「選ぶさ。全面戦争を避ける為ならな」
はっとする杳。
「過去の人間の為に争う必要なんてねぇだろ。だったら唯一の火種である勾玉をこちらに引き渡しさえすれば、俺達は手を引くぜ」
「何の…こと?」
「杳、お前が竜の勾玉を持っているのは、その気配で分かってんだよ」
自分が相手の正体を知るように、相手もまた知っているのだろう。当たり前かも知れない。何度も学校で襲われたのだから。
「勾玉がお前の身体の中にあって取り出せねぇってんなら、お前ごといただくしかねぇだろ。お前が俺の物になれば…」
パシリと、平手の音がゲームセンターの喧噪にかき消される。頬を張られた佐渡は、頬を抑えながら大きくため息をつく。
「分かってねぇのかも知れねぇけど、父竜は竜王二匹かかっていっても、倒せねぇんだぜ。戦おうなんて無謀なんだ。ましてや、壊れた勾玉で何ができる? それくらいなら、お前の側にいる竜を殺さずに済むんなら、お前が考えるべきなんじゃねぇのか?」
杳は佐渡を睨む。そこには、意外な程に優しい瞳があった。それはこれまでの佐渡には見られなかったもので、今回は本気なのかも知れないと思った。