第6章
羽化
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「あれ、ヒロ、もういらないの?」
ぼーっとしていたら、隣の席から杳が不思議そうに聞いてきた。はっとして顔を上げる。目の前に、ミートソースのたっぷりかかった大盛りパスタが、一口だけ食べられたままで放置されていた。
見ると三人とも、もうほとんど食べ終わっていた。
「あ。いるいる。取るなよっ」
慌てて寛也は皿にフォークを突き立てた。
「何だ、食べるのか…」
寛也の食べない分を三人で分けようとでも思っていたのか、三人とも寛也の皿をちらちら見てくる。油断も隙もあったものじゃない。ま、杳にならやってもいいんだがと、少しだけ甘いことを考えて。
「ね、これからどうする?」
ぼんやりしていて食べ終わるのが遅くなっていた寛也を待って、潤也が腕時計に目を落とす。まだ昼を少し過ぎたばかりだった。シネマコンプレックスとショッピングモールが一緒になった施設だが、店舗数は少なく、見て回るには時間が余る。施設内にゲームセンターも入っている事は入っているのだが。
と、ポツリと杳が呟くように言った。
「オレ、帰る」
「はあ?」
帰ると言った杳を、全員が見やる。
「何で? 映画を見ただけだよ?」
実を言うと、杳以外の三人は自転車で1時間かけてここまで来たのだった。杳はバイクで飛ばせば楽だが、他の三人はそうもいかない。場所を変えるにしても、もう少しここで遊んでいっても良いかなと思っていたのだ。
「だって、このメンツで遊んで何が楽しいのさ? それに、字幕読むのに疲れたし」
はあと、翔が大きくため息を漏らす。
「杳兄さん、もう少しヒアリングの勉強した方が良いよ」
うっかり言ってしまって、テーブルの下で足を蹴られていた。それを横目で見て。
「せっかく来たんだし、もう少し遊んでいかない? 疲れたんなら、ここでしばらく休んでいけばいいんだし」
笑顔で言う潤也は、加勢をしろと寛也を見るが、寛也はパスタをフォークに巻き付けるのに一生懸命だった。いや、聞いているのに、神経を別の方向に向けることに一生懸命なのかも知れない。少し言うのが早かったかなと、潤也は内心で苦笑した。
「遊ぶって、何して?」
「そうだね。ゲーセンとか」
軽く言う潤也に、杳は呆れる。
「潤也、ゲームで何かできるの? って言うか、やったこと、ある?」
言われて言葉に詰まっている潤也に、杳はやれやれとため息をつく。
「ヒロ、たまには潤也も誘ってあげなよ。自分ばっか遊び回ってないで」
矛先がいきなり自分に向いて、寛也は思わずパスタを吹き出しそうになる。喉から逆流しそうなものを、何とか踏みとどまらせる。
「こんな奴、連れて歩けるかよ」
今日は杳も翔もいるので違和感はないかも知れないが、どこをどう取り繕っても一卵性双生児であることは隠せない。上背もあって目立つ二人が、この年で一緒に歩くには、それ相応の勇気がいるのだ。
「我がままだよなぁ。兄弟なんだから、いいじゃん」
そう言う杳は一人っ子なのだ。寛也の言葉にプイッとそっぽを向く。
「じゃあ、この後、ゲーセンへ行ってみよう。杳、教えてよ」
言われて、杳は疲れているのにと口の中でブツブツ文句を言いながらも承知していた。
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