第5章
性徴
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「お前、杳のこと諦めたんじゃねぇのかよ?」

 寛也は球技大会の時のことを思い出す。やる気の全然なかった佐渡を。あの時、勝負を放棄した佐渡に、すっかり杳を諦めたものだと思っていたのだ。

「諦めた訳じゃねぇよ。一度は身を引こうとも思ったけどな、お前がフラれたって聞いて、俺にもチャンスは残ってんじゃねぇかって思ったんでな」
「ねぇよ、そんなもん」

 寛也の言葉に、佐渡は何も返さず、話題を変えてきた。

「なぁ。こいつ、こんなに身体、弱かったか?」

 突然言われて、今度は寛也が返せなかった。

「一年の時もよく学校を休んでたけど、体育の授業は普通に受けてたって言うし、中学の時なんか、マラソン大会、一桁順位だったって聞いたぜ」
「へぇ」

 そんな話など、寛也は聞いたこともなかった。杳自身、余り自分のことには触れられたくないのか、話題に出すこともなかったためだが、恋敵と分かっている者に教えられるのは癪(しゃく)だった。

「それが、何でこんなに弱くなったんだ? すぐぶっ倒れるし、体育なんか体育祭のダンスの練習すら見学だぜ。何か大病でも患ったのか?」
「…さあ」
「さあって…お前、杳のこと、あんま、興味ねぇみたいだな」

 佐渡は寛也の返事に呆れ顔を見せる。そんなことを言われても、真実を言える訳がない。自分達の戦いに巻き込まれて死にかけたのが原因だとは。そして、その戦いが何だったのかは。

「俺からすれば、もうひとつ奇妙なことがある。お前の弟だ」

 顔を上げると、また睨まれた。

「杳と逆だ。成績学年トップの結崎潤也は、病弱なモヤシ野郎だって聞いてたぜ。なのに、何だ、あのスポーツ万能っぷりは。球技大会のバスケで一人勝ちしてたってクラスの女子が騒いでたぜ。去年はソフトのスコアボードをつけてたのに」
「…お前、よく調べたな」

 少し、呆れる。が、佐渡は緩めてこなかった。

「俺だって杳にホレてんだ。近寄って来る悪い虫は追い払わねぇとな」
「どっちが悪い虫だか」

 突っ込む寛也の言葉など無視して、佐渡は続ける。

「あの、学校が壊れた後、お前ら兄弟揃って10日ばかり登校してなかったんだってな?」

 はっとする寛也。すぐに顔に出たことに、佐渡に気づかれた。

「健康状態とか、先生が聞き取りに行っても、その間、留守だったって。杳が家出してたって時期もその頃だ。その後、登校し始めた途端、それまで何の接点もなかったお前ら、急接近だ。これはどういうことだ? お前ら、その10日間、一緒に家出してたのか?」
「な、何で話がそこまで飛ぶんだっ?」

 確かに半分は当たっている。うろたえてしまう寛也を、佐渡はじっと冷静な目で見ていた。


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