第5章
性徴
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「さっきの仕返しかな」
「助けたら、俺達も襲われるかも」
人込みの中で、そんな声が聞こえた。あれだけちやほやして、あれだけ熱を上げていたと言うのに、誰も助けようとしないことに一番腹が立った。そして、おびき出そうとしている相手すら出て来ないことにも、更に苛立ちを募らせた。
その中で寛也だけが苦戦している姿が目に痛い。何度投げ飛ばされようとも立ち上がる根性に軽く嫉妬心すら覚える。今朝の時もそうだったが、人間の身で敵うとでも思っているのだろうか。勝てない相手だと分かっていて、何故立ち向かおうとするのか。
「カッコ、つけやがって…」
決して格好つけなどではないことは分かっていたが、口をついて出た言葉を吐き捨てて、佐渡は人込みをかき分け、最前列に出た。その足元に寛也が転がってきた。
「情けねぇ奴だな」
言うと顔を上げてこちらを向くが、寛也はすぐに影の方へ目を向けた。
「杳が取り込まれてる。めったな武器は使えねぇ」
言いながら立ち上がる寛也の制服は、既に土でまっ黒に汚れていた。手も足も顔も、土まみれだった。
杳の為なら、きっとボロボロになっても立ち向かって行くのだろう。否、今朝のことを考えると、きっとこれが杳でなくても同じなのかも知れない。卑怯にも姿を現さない風竜と比して、この熱血馬鹿に加勢したくなるのは、一方で、ものすごく不本意だったのだが。
「だけど、アイツの弱点は分かってる」
「日光…か…」
言った佐渡を、寛也は驚いて見返す。そんな寛也に佐渡は肩を軽くすくめて見せる。
「朝の勇姿、見てたぜ」
揶揄するような言葉に乗ってくる余裕もないのか、寛也は再び影に突進していこうとする。
「人間の身で、無茶な野郎だ」
呟いて、佐渡は合図の手を挙げた。途端、ライトの光が一斉に影を照らした。
「…え?」
影に回し蹴りを加えようとした寸前、寛也は周囲の眩しさに目がくらんでしまい、慌てふためいて引っ繰り返った。
体育館に近い場所だったのだが、その体育館の二階の窓から幾つもの光が差していた。つい先程までミスコンテストに使っていたスポットライト十数台だとすぐに分かった。それが一度に集中して当たると、かなりの熱と光量になる。真夏の太陽程度には。
ギギギ…。
影の悲鳴が聞こえた。
逃げようとするが、スポットライトは確実に影を追いかけた。
光に照らされて、その影はあっと言う間に消えていく。その身を黒い煙に変えながら。
すべてが消え去ったその後に、杳がそこに横たわっていた。
* * *