第5章
性徴
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「ヒローッ」
体育館を出て、ダラダラと校舎に向かおうとしていると、背後から名を呼ばれた。振り返らなくともそれと分かる、耳に馴染んだ奇麗な声。
「もうっ。なに無視してんだよっ」
黙ったまま歩いていると、駆け寄り様に後頭部をたたかれた。
「痛ぇなーっ」
振り返ると、杳は少しむくれ顔だった。
「着替えるまで待ってくれると思ってたのに」
「ジュンはどうしたんだよ?」
寛也が必要ないと言うのに、潤也は杳を待つと言って控室になっている舞台袖へ向かったのだ。出会わなかったのだろうか。が、杳はそっけなく言う。
「ほったらかしてきた。あんなこと言うし」
まだ先程のことを根に持っているらしかった。杳の後ろを見ても追いかけてきていない所をみると、またダメージを受けるような扱いをされて、立ち直っていないのだろう。
「お前、ガキだよな」
「何それ。ヒロこそガキじゃん」
プイッとそっぽを向いて杳は歩きだす。本当はそこが可愛い所でもあるのだとは口が裂けても言えないが。
その時、杳を追いかける寛也の目に、ふと、影のようなものが映った。それは杳の足元で揺らめいたかと思うと、次の瞬間には杳の身体を包み込むように立ちのぼり、ひとつの影を形どった。
その姿は、今朝の化け物に違いなかった。
「杳っ」
寛也は瞬時に飛び出して、その影に体当たりをする。しかし、簡単に跳ね飛ばされてしまった。
地面に転がり、すぐに受け身を取って起き上がる。
周囲にいた生徒達が、悲鳴を上げて逃げて行くのが目の端に見えた。
そう言えばと、空を見上げると、いつの間にか曇天に変わっていた。空模様を見て出て来たのだろうと思えた。
舌打ちして寛也は、周囲に何か得物になるようなものがないか見回した。が、そんなものが転がっている訳もなかった。
影の中に取り込まれてしまった杳の姿が、黒く半透明の幕のようなものの中に見えた。その杳の手が、寛也の方へ伸ばされる。
「くそーっ」
握り拳に力を込めて、寛也は身ひとつで黒い影に突進した。
* * *