第5章
性徴
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「大丈夫か、杳?」
ひとつ校舎をくぐり抜けて中庭まで来ると、寛也は足を止めた。思いっきりではないが、走らせてしまった杳の様子が一番に気になって聞くと、杳は息をつきながらも笑顔を浮かべた。
「やったね、ヒロ」
その手には未だに金属バットが握られていた。相変わらず無茶ばかりする奴だと、寛也は自らも省みながら苦笑する。
「にしても、逃がしちまったなぁ」
言いながらも、本心は頭上に見えた青き翼を持つモノの方が気になった。まさか、あれが潤也や翔の言っていた青雀だろうか。いよいよ敵も大将の登場かと思った。よりにもよって、自分の力が使えないこんな時に。
「ヒロッ、杳っ」
ふと、呼ぶ声がして振り向くと、潤也が校舎から出て来て駆け寄って来るのが見えた。
「二人とも、本当に無茶するんだから」
少し怒ったように言う潤也に、杳はあさっての方向を向いてしまい、寛也は潤也の腕を掴む。
「お前、何で杳を来させたんだよ。危ねぇだろ」
そう聞く寛也の手を機嫌悪そうにはたき落とす潤也。
「今更何言ってんだよ。杳が人の言うことなんて聞く訳ないだろ」
潤也は、当然杳だけは止めようとした。が、それを先に察知して、杳はこともあろうに大声を上げて周囲の注意を集めてくれた。
――何するんだよ、このチカン野郎っ!
全くの冤罪(えんざい)である。しかし誰ひとりとして杳の言葉を疑う者はいなかった。どれだけ否定するも、潤也は取り押さえられ、その隙に杳は逃げ出してしまったのだ。あっと言う間だった。
「ったく、とんだ濡れ衣だよ」
言って、ジロリと睨むが、杳はどこ吹く風だった。
「それよりジュン、俺、さっき青い翼の変なモノ、見たぞ。あれ、もしかして…」
「え?」
寛也の言葉に潤也は驚く。
「ヒロ、青雀を見たの?」
「そんなに大きな奴じゃねぇよな? 翼全部広げても、俺の竜体の半分くらいで、空より青い群青色してたけど」
潤也の表情が変わるのが分かった。きっと睨んだ通りなのだろう。
それにしても体格だけを見れば、寛也の炎竜はともかく、二体の竜王からすればあれくらいの大きさの鳥など、ひと掴みであろうに。
「じゃ、多分間違いないか」
寛也の言葉にため息ひとつついて、潤也は周囲に目を配ってから、声を心持ち低くした。