第5章
性徴
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 教室を飛び出して、寛也はそのままグラウンドへ向かった。

 自分には今、竜としての力は出せない。そんなことは分かり切っている。だからと言って、あそこで襲われている生徒達を見捨てることなんてできなかった。

 グラウンドに走り出て、寛也は悲鳴のする方向へ目を向けた。大半の生徒が逃げ果(おお)せた中、足の遅いだろう女子が二人、その化け物の大きな手に捕らえられていた。

「野郎…っ」

 寛也とすれ違っていくのは、逃げ延びた生徒達。それには見向きもしないで、寛也は化け物の前へ躍り出る。

 そこは体育館の陰になっており、その為か、相手の黒くどんよりした姿も影のように判然としないものだった。

 その黒い目が寛也の姿を捕らえた。と同時に、寛也は跳躍したかと思うと、その影の脇腹に回し蹴りを加えた。

 ぼにょり…。

 その体組織は何でできているのだろうか、ゴムのように手応えを感じなかった。寛也は着地したと同時に、後方へ三歩跳びはねた。そこに振り下ろされる化け物の手。その手に捕まえられていた女生徒ごと地面に叩きつけられそうになる。その手に、何かが投げ付けられて当たった。弾みで、女生徒は地面に転がった。

「ヒロッ」

 何事かと思って辺りを伺う寛也に、駆け寄って来るのは杳だった。

「何やってんだよ、走ったりして…」

 昨日、潤也に言われたことを思い出す。杳は激しい運動ができないと。なのに杳は苦しそうに肩で息をしながらも、笑顔で手に持っていたものをひとつ、寛也に差し出した。何げない顔をして、それは金属バットだった。

「ほら、武器。やっつけちゃおう、こいつ」
「って、お前…」
「ヒロ達の正体がバレなきゃいいんだよね。だったら腕力でやるしかないだろ」

 自分もバットを持って、やる気満々の顔で見上げてくる。が、その目はすぐに影の方へ向けられた。相手は取り落とした女生徒を再び掴み上げようとしていた。それを目にした寛也は先に駆け出した。

「こんのヤローッ」

 構えたバットを思いっきり振り切って、その手を殴りつけた。

 余談ではあるが、寛也は陸上部とともに掛け持ちをしている部があった。サボッてばかりいるので、半分首切られ状態ではあるが、硬式野球部だった。実はかなりの剛腕選手なのだ。

 ゴギッと音を立てて、金属バットが影の身体にのめり込む。そのままバットは影の体に吸い込まれそうになって、慌てて寛也はバットを引いて飛びすさった。

 その間に杳が女生徒を助け出していた。が、もう一人掴まっている。

 寛也は態勢を立て直そうと、杳の側まで下がった。

「ったく、何だよ、アイツ。ぐにょぐにょして、気持ち悪ィ」
「ろくな手下がいないよね。どいつもこいつもグロいし、ブサイクだし、下品だし。まるで委員長みたいだ」

 それは言い過ぎだろうと、寛也は佐渡に多少同情する。

「どっちにしても、殴り倒すか、切り刻むか」

 寛也は言って、ポケットの中のものを取り出した。愛用のジャックナイフである。この目の前の影の化け物を刺すには余りにも貧弱に見えるそれは、奇麗に磨かれた刃を陽光にきらめかせていた。

 と、寛也の目の端で影が一瞬だけ怯んで見えた。

「!?」

 ナイフが怖いのだろうか。思った途端、杳にナイフを取り上げられた。


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