第5章
性徴
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「ゴメン、杳…俺…」
助けられなかった。力が使えなかったことよりも、そのことの方がショックだった。俯く寛也に杳の声が聞こえた。
「ばかヒロ…遅いよ…待ってた…」
はっとして顔を上げると、杳はふわりと笑って、そのまま潤也の腕の中で再び意識をなくした。
「ヒロ、癒しの術が杳には効かないの、知ってるよね?」
潤也が静かな声で聞いてきた。杳は寛也の竜の力しか受け容れないのだ。癒しの力を持たない寛也の力しか。
「ヒロ、頼める?」
一瞬、戸惑う。癒しの力ではない竜の力を他者に注ぎ込むことは、生命の交感と言って、竜身としての性交になるのだと言ったのは潤也ではないか。それに――。
寛也は手のひらを握り締める。
「ヒロッ」
躊躇(ちゅうちょ)する寛也に、潤也の叱責が飛ぶ。言われるまま、寛也は杳の横にひざまずいて、つい今し方寛也に向けて伸ばされていた杳の手を取った。
触れてみて、ぞっとした。先程抱き締めた時には柔らかくて温かみを持っていた筈なのに、その手はすっかり冷たくて、まるで血が通っていないかのように思える程だった。
「無意識に勾玉の力を使って防御しようとしたんだろうね。可哀想に」
言いながら潤也は杳の髪を撫でる。それを横目に、寛也は握った杳の手に力を送ろうとする。ほんの少しでいいからと、願いながら。が、力はどこからも沸いてこなかった。何かに遮断されてしまったかのように、ひとかけらの力も生まれなかった。
「どうしたの?」
力の放出の見られない寛也に、潤也は訝しがる。もう一度力を込めようとして、寛也はその手首を取られた。
「ヒロ…力が消えてる」
言われて、潤也の手を払って俯く。その寛也をじっと見やってから、潤也は杳を抱き上げて立ち上がる。
「もういいよ。とにかく杳を休ませなきゃ。家の方がいいかな」
保健室よりはエアコンもあるので快適だし、下校時間を気にしなくて良い。そう言う潤也に寛也はうなずくだけで返す。
そんな寛也に潤也は眉をしかめる。
「ヒロ、しっかりしてよ。ボサッとしてると、本気で奪うよ」
言われてハッとしたように顔を上げる寛也に、潤也は腕の中の杳を引き渡す。
「僕は先に帰って布団を出してるから、ヒロは杳を頼むよ」
言って寛也の肩をポンポンとたたく。それから、化け物の残骸に目を向ける。
「青雀に良い見せしめだから、残しておこうか。今度杳に手をだしたら、ただじゃおかない」
言いながらも、その残骸を更に細かく切り刻んでいく。いつも冷静な筈のその横顔に、あらわな怒りの色が浮かんでいて、見ていた寛也は思わず一歩引いてしまった。
が、その後、寛也を振り返った時には、もういつものそれだった。
「じゃ、頼んだよ」
そう言うと、先に駆け出した。それを見送ってから、寛也は杳を抱き締めた。
* * *