第5章
性徴
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 体育館に入って、中の異様な気配に気づく。寛也は靴を脱ぐ間も惜しんで、まっすぐに杳のいる側の舞台脇のドアへ駆け込んだ。

「杳っ」

 そこに、異形のものが背中を丸めていた。ぬるぬるとして見えるその手は、杳の首を掴んでいた。

 相手は、飛び込んで来た寛也に気づいて、立ち上がり様に振り向く。その背は、やはり人の倍程もあった。

「ヒ…ロ…」

 異形のものは、杳のその細い首を掴み上げて、宙へ持ち上げる。苦しむ杳の顔に、寛也は握った拳を開いた。

「てめー、杳を放せっ」

 手のひらに全身の力を集めるようとした。が、寛也はすぐにその手元に違和感を覚えた。

 手元だけではない。全身の力が抜け落ちたような、そんな感じがした。ここの所、力を使うことがなかった為か、手の中に力を集めることができなかった。

 寛也は自分の手のひらを見つめて、呆然とする。

 まるで竜の力が失われてしまったかのようだった。

「ヒロ…たすけ…」

 杳の声に顔を上げると、杳が寛也の方へ腕を伸ばしてきていた。しかしそのまま、その手が力無く下ろされた。化け物の手の中で首を垂れる杳に、寛也は全身に燃え立つような痛みを感じた。

「貴様…許さねえっ」

 寛也は近くにあったパイプ椅子を掴んで、相手にたたきつけた。が、びくともせず、寛也は振り払われた化け物の腕に、ひとなぎで払われ、後方の壁にたたきつけられた。

 一瞬、息が詰まって咳き込む。が、すぐに立ち上がり、向かって行こうとして。

「ヒロ、離れて」

 潤也の声がした。

 足を踏みとどまらせる寛也の眼前で、巨体が血を噴いた。幾つもの風の剣が舞い、化け物の身をあっと言う間に切り裂いていった。断末魔すら上げることなく、その異形のものは床にその身を横たえた。息絶えた異形のものの手を離れた杳も、同じように床に転がった。

「杳っ」

 駆け寄ろうとして、潤也に先を越された。潤也は倒れている杳を抱き起こすと、その頬を軽くはたく。

 杳はすぐに目を開けた。

「杳、大丈夫?」
「…潤也…」

 自分の顔を覗き込んでくる潤也にうなずいてみせてから、ふと視線をさまよわせる。そして少し離れた所に立つ寛也に気づいて手を伸ばした。

「ヒロ…」

 しかし、寛也はその手を取ることができなかった。


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