第5章
性徴
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「それはそれとして…」

 着替えを再開した杳に背を向けて、寛也は残った問題に直面していた。

 冷静になった頭とは裏腹に、下半身は今にも暴走しそうだった。大事にしたい存在とは言え、この身は健康な一般男子のもの。頭でどうこう処理できるものではなかった。

 やばいと、内心焦っていた。その寛也に、いつもの口調の戻った杳が愚痴を言う。

「規定じゃ五時までこのスカート、はいてなきゃいけないんだって。着替えたら外に出られないじゃん」
「あ…ああ、そうだな。俺も別に用事はねぇし、暇だから付き合ってやるぜ」

 内心を悟られまいと、いつもより早口になってしまう寛也に気づいたかどうか、杳は変わらない口調で続ける。

「えー、じゃあ何して時間を潰す? いっそのこと、二人で帰っちゃおうか。ヒロんちで遊んでよう」

 可愛いことを言われて、たったそれだけで、限界だった。

 寛也は杳の言葉に答えずに、そのままダッシュで逃げ出した。行き先はトイレの個室。まさか学校で自家処理することになろうとは思っていなかった寛也だった。


   * * *


 スッキリした分身とは裏腹に、逃げ出さざるを得なかった自分を、杳にどう説明しようか。馬鹿にされるだろうか。呆れられるだろうか。それくらいならまだしも、寛也の為に先程の行為を続けようなどと思われては最悪だった。

 どうやってごまかそうかと考えながら、寛也がトイレからとぼとぼ体育館へ向かっている途中、声をかけられた。

「ヒロ、一人?」

 振り返ると潤也がいた。先程ケーキ喫茶でテーブルに突っ伏していた状態からは復活したらしい。いつもの澄ました顔をしていた。

「杳は?」

 今日一日、一緒にいる予定だったのは自分なのにと、かなり不満に思っているのだろうが、そんなことは顔には一切出さなかった。が、滲み出ている嫉妬の気配に寛也は一歩引いた。

「今、体育館で着替え中」
「一人で?」
「そうだけど?」
「ふーん」

 寛也を上から下までなめ回すように見やる。潤也の視線の鋭さに、寛也は必要以上にびくついた。変なことを勘ぐられないだろうかと。

 そして、次の潤也の言葉にギョッとする。

「で、その着替えている姿を見て、興奮したので慌てて処理してきたって訳だ?」

 こいつは読心術でもあるのかと、寛也は目を剥いた。その寛也の表情に、潤也は大きくため息をつく。

「手を出さなかったことは褒めてあげるよ、ヒロ」

 いや、やりかけましたとは言うに言えず、体育館の入り口へ向かって歩き始めた潤也の後を追いかけた。

「この際だから言っておくけどね、杳はもう激しい運動はできないから、下手に扱うと死んでしまうよ」
「な…?」

 後ろをついてくる寛也を振り向くことなく言う潤也に駆け寄る。

「ましてや僕達のような強い力を持った者相手では、とても耐えられないだろうね」

 寛也への牽制がどれほど混じっているのか、潤也の内心は知れなかった。それよりも、杳は身体よりも前に精神面で耐えられないのだと寛也は知った。あれは何か大きな精神的外傷があるのだと思った。そのことを潤也に言おうかどうしようか迷っていると、いきなり悲鳴が聞こえた。

「!?」

 体育館の方向から聞こえてきたそれは、杳のものだった。二人は咄嗟に駆け出した。


   * * *



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