第5章
性徴
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 おかしいと気づいたのは、愛撫を始めてどれくらい経った頃だろうか。すすり泣くような声に顔を上げると、杳は虚ろに宙を見つめたまま身体を強ばらせていた。

「杳…」

 顔を覗き込むと、びっくりしたように寛也を見上げてきた。その頬に触れると、身をすくめる。途端、寛也は自分のしていたことに気づいた。

「ごめん、杳…俺…」

 言って寛也は杳の上から身体を離す。ひどく脅えた瞳が、寛也を見上げてきた。

「平気…」

 そう言って、すぐに瞳は閉じられる。脅えた色を隠すように。

 乱暴に扱えば壊れてしまうその身と、心。知っていたのに。守ろうと誓ったのに、その自分が何をしようとしていたのか。

「ごめんな、杳…ごめん」

 寛也は杳の肩に顔を埋める。その背に、震える指先が触れてきた。

 柔らかく撫でる手の動きに、顔を上げると、杳は薄く笑みを浮かべて、そっと口付けてきた。ほんのわずかに触れて、すぐに離される。

「ヒロのこと、大好きだから……平気…だから…」

 それは自分に言い聞かせるように、呟くように囁かれた。

 嫌なのではないのだろうか。それなのに何故、何の抵抗もしようとしないのか。いつもは少しでも気に入らないことがあれば不機嫌にそっぱを向くのに、本当に嫌なことには何故抵抗しないのか。

「だから…もう、嫌わないで…」
「何でそんなこと…」

 嫌ったことなんて一度もないのに。そう言いかけて、思い至ることがあった。

 告白した時に断られて、しばらくの間、杳の顔を見たくない時があった。会ってもろくに会話もしなくて、それは多分、自分の一方的な行動だったように思う。自分の思いだけをぶつけて、そのまま身を引いたのだ。どうしていいのか分からなくて。その時、杳が何を思っていたのかなんて、考えもしなかった。

「続けて、いいよ…好きにしていいから…だから…」

 一瞬、背筋を冷たいものが走る気がした。いつかも、こんなことがなかっただろうか。自分の腕の中に取り込んだ弱い存在を傷つけて、それなのに、その果てに言われた言葉。

 ――大好きだから、嫌いにならないで…。

 あの少女の言った言葉が聞こえた気がした。そして、その少女のものと重なる腕の中の存在、その行く末。

 ぞっとして、気づいたらその身を抱き締めていた。

「ゴメン…ゴメンな…」

 繰り返す寛也の言葉に、杳は黙ってその背を撫でていた。


   * * *



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