第5章
性徴
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「何、あれ」
潤也の声に寛也は顔を上げる。
3時に潤也と杳と待ち合わせしていると言う校舎の中庭のベンチに座って待っていた時のことだった。
見ると、体育館から出てくる一団があった。その人垣の中に、寛也は杳の姿を見い出した。
周囲の者に腕を引かれ、背後から押され、随分嫌がっている様子が伺えた。
途端、寛也は駆け出していた。
「あ、ちょっと、ヒロ」
潤也の制止の声も耳に入らなかった。
ちらりと見えた杳の横顔が、色をなくしていたのだ。あれだけ大勢の知らない人間に囲まれて、平気ではいられないだろうと思った。
杳は人を怖がる。普段は単に人付き合いが悪い振りをして、人に近寄らず、目立たないように立ち回っているのは、それが原因なのだ。それがたとえ同級生であっても、心を許していない人間に取り囲まれているのだ。かなりきついだろうと思った。
「ちょっと、ちょっと、どけよっ」
寛也は人込みの一団をかき分けて、中心まで来る。
「お前ら、手ぇ離せよ」
杳に絡まっていた腕をはたき落とす。
「ヒロ…」
ホッとしたような杳の顔が見上げてくる。
「大丈夫か?」
わずかにうなずくが、顔色は良くなかった。人当たりもしたのだろう。
「おい、何だよ、お前」
ぐいっと寛也は肩を掴まれる。その手を払いのけて。
「俺はこいつの…」
胸を張って言おうとして、詰まってしまった。自分にとっての杳は思い人であるが、杳にとっての自分は一体何だろうか。戸惑う寛也の胸に、杳がすがりついてきた。
「ヒロ、気持ちわる…吐きそう…」
「え、ええーっ?」
寛也は驚いて杳の顔を覗き込む。顔色は真っ青に見えた。
「だ、大丈夫か? 持ちそうか?」
杳は首も振らずに口元を押さえてしまう。慌てて抱き上げた。
「ちょっと、お前ら、どけよ」
が、何が起こっているか分かっていない一同からはブーイングの嵐で、道を開けてくれようとしなかった。
寛也は舌打ちして、強引に人込みをかき分けようとして、阻止される。行く手をはばまれて、立ち往生するしかない寛也の耳に、ふと、聞き馴れない音が入ってきた。