第5章
性徴
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「やだって言ってんだろ。こんな格好するだけならまだしも、人前になんか立てるかっ」
言って杳は、ニヤニヤ笑ったままの佐渡の頬を張る。今日、これで何度目になるのだろうか。それなのに佐渡は頬を腫らしたまま、口元を緩ませていた。そのことで更に頭にくる杳。
「そんなに女装が好きなら自分でやればいいんだ。このヘンタイッ」
「まあまあ葵くん。今日はお祭りなんだから、少しくらい我慢して」
「少しぃ?」
杳が睨むも、真由は平然としたままだった。
「さあ、諦めて、とっとと出なさいっ!」
言うと同時に、真由は杳を舞台中央に向かって突き飛ばした。
杳はよろめきそうになるのを何とか踏ん張って転倒を免れたが、気づくとそこは舞台中央だった。
体育館の中に並べられた椅子に隙間なく座っている生徒達。その目がすべて自分に向いていて、思わず後ずさった。その背を支える手があった。ハッとして見やると、司会の男子生徒。
「葵杳さんですね?」
杳は聞かれてうなずく。とにかく逃げ出すのが一番だと思うものの、少しみっともないとも考えた。かと言って、こんな服は一刻も早く脱いでしまいたかった。
「じゃ、2、3質問させてね」
実行委員会が選んだ司会は、かなり見栄えのする男子生徒だった。彼は杳に柔らかくほほ笑む。
「杳ちゃんの好きな教科は何ですか?」
マイクを向けられ、杳は色々な意味で固まった。
「特に…ない、です」
それだけをようやく言うと、すかさず次の攻撃がしかけられた。
「じゃ、杳ちゃんの理想のタイプ、教えてください」
「理想…?」
聞かれて浮かんだ顔に、杳は思わず顔が熱くなる。うつむき気味に頬を赤らめる杳に、場内が沸かない訳もなかった。
「あの…そ…空を飛べる人がいい…」
「空を飛べる人? えーっと…パラグライダーやってる人って意味…かな?」
聞き返されて、杳はとんでもないことを口走ってしまったと気づく。慌てて話を合わせた。
「そうそう、そんな人」
「じゃあ僕もちょっとやってみようかな」
笑顔でサラリと言って、彼は続ける。
「それじゃ、最後の質問だけど、このコンテスト、優勝したら副賞に湯郷温泉一泊二日のペア宿泊券がもらえるんだけど、誰と行きたい?」
そんな副賞があったことなど初耳だった。元々こんなものに出場するつもりはなかったので当たり前なのだが。
誰と行きたいかと聞かれて、また浮かんでくる顔。もう、どうしてくれようかと思った。
二人で一泊旅行なんて。夏の信州は潤也と翔が付いてきて、二人きりになれなかった。今回もし二人で行っても、勝手に付いてこられるかも知れない。それくらいなら。
「両親にプレゼントします。えっとー、最近、心配かけてばかりだから」
言いながら、それが一番良いと思った。その答えにまた場内が沸き立ったことに気づかずに。
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