第5章
性徴
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 体育館内は既に満席だった。しかも男子率が非常に高くて、男臭かった。

「授業じゃ後ろから詰めていくくせに、こんな時だけ最前列から埋まっていくんだから」

 潤也は呆れながらも、胸のポケットに差し込んでいた眼鏡をかける。普段は視界が悪くても眼鏡なんてしないものを、こいつこそこんな時だけだと思うものの、寛也は怖くて口に出せなかった。

 もう開始時間は過ぎていて、二人が入ってきた時には何人か出場して終わっていたらしかった。

「Aブロック、もう終わってるね。誰が出てたの?」

 ようやくに席を確保して座り込んでから、潤也はそわそわしている寛也に聞く。

「えっ? えっと、誰だっけ…?」
「分かった、分かった。ヒロの興味があるのは、杳だけってことだね」
「な…何言ってんだっ」

 怒鳴る寛也の口を塞ぐ。

「うるさいよ。今、Cブロックの人なんだから」

 潤也の手を押しのけて、寛也はふて腐れる。

「何だよ、お前だって杳だけ見てりゃ良いんじゃねぇのか?」
「ふふーん」

 潤也はまともに答えず、鼻を鳴らして笑った。

 舞台の上では髪の長い女子生徒が可愛いワンピースをヒラヒラさせていた。やはりこういうものは女の子の物だろう。どれ程に奇麗でも、杳は所詮男である。各ブロック選りすぐりの美少女達の中にあっては、いくら杳でも霞むだろう。寛也はそう思っていた。

「ヒロ、学校祭のパンフ、捨ててないよね?」

 ふと潤也が聞いてきた。昨日クラスで配布された、期間中の催し物の案内が入ったものだった。そう言えば、教室の机の中に入れっぱなしだった気がする。

「あの裏表紙がね、投票用紙になってるんだ。一人1票。明日の朝9時までに投票を済ませなよ」

 そんなものは見もしなかったと言う寛也に、潤也は呆れ顔をする。

「エントリーナンバー9番。Kブロック代表、葵杳さんーっ」

 と、司会の声が聞こえた。思わず緊張する寛也。

 どうしようか、もっと前の席が良かっただろうか、いや待て、こっそり見に来たなんて杳に知られたくないから、ここで頭を低くしていた方が良いだろうか。

 辺りを見回し、挙動不審な寛也だった。

「あれ? 葵杳さーん?」

 名を呼んでも姿を見せない出場者に、司会は舞台袖に寄っていく。

「どうやら恥ずかしがっているようです」

 そう言ったマイクの声に、潤也が隣でボソリと呟く。

「恥ずかしがってるんじゃなくて、嫌がってるんだよ、絶対に」

 こいつは分かっていて、見て見ぬふりをしていたのかと思いながら、寛也は思わず弟の足を踏み付けたら、ジロリと睨まれた。

 と、舞台袖が騒がしくなって、いきなり杳が飛び出してきた。どうも後ろから突き飛ばされたようで、足元を絡ませながら舞台の中央まで来て、踏みとどまった。

 一斉に場内がどよめいた。

 いつもは手櫛だろう髪は奇麗に梳かしつけられ、長めの襟足がさらさら揺れていた。少し化粧をされているのか、ライトに映える白い顔は普段とは違った意味で奇麗だった。胸がないのはキャミソールの胸元のフリルでしっかりごまかされている。痩せているのでウエストのラインも違和感がなく、かなりなミニスカートからすっきり伸びた足は、余分な肉のついていない少女そのもののようだった。

 寛也は上から下まで嘗めるように見やってしまった。

「ヒロ、口くらい閉じてよ」

 横から潤也にたしなめられた。ハッと我に返って、ふと、周囲も同じように舞台に釘付けになっているのに気づいた。

 連中の見ているのは、杳。

 本能的に、かなり自分に不都合なことになりそうな予感がした。


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