第5章
性徴
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「ごちそうさま」

 教室を出ると、杳はそう言って笑顔を向けてきた。季節とともに柔らかくなっていくようなそれに、ケーキひとつくらい安いものだと思った。

「次、ここに入ろうか」

 気を良くして潤也は隣の教室の、3年K組のお化け屋敷の前で立ち止まった。と、杳の笑顔が途端に不審顔に変わった。

「男同士でこんな所に入って、何が楽しいのさ?」

 いや、今、その男同士でお茶をしたばかりではないかと言おうとすると、先に杳が言う。

「大体、竜のくせにお化けも妖怪も怖くないだろ」
「わーわーっ」

 慌てて潤也は杳の口を塞ごうとするが、その前にはたかれた。

「うるさいっての」

 そしてプイッとそっぽを向いて先へ行こうとする。その腕を捕まえて。

「もしかして杳、怖いの?」

 聞くとピタリと足を止めてから、睨んできた。

「誰がぁ?」

 すごく嫌そうな顔だった。潤也は吹き出したいのを何とか堪える。

「まだ翔くんの術が残ってるのかと思って」
「んな訳ないだろ。オレ、怖いものなんてないから」

 そう言い切る杳が妙に可愛く思えた。

「だったら入ろう。大丈夫だよ、怖かったら僕に抱き着いてくれたらいいから」

 言って、とうとう殴られた。我ながら馬鹿だったと初めて気づいた。

「もう潤也と一緒に歩かないっ」
「ゴメン、ゴメン」

 慌てて平謝りだった。

 学年トップの秀才委員長を演じているのが台なしだと内心で思いながら。案の定、周囲を歩いていた他の生徒からクスクス笑う声が聞こえた。その間にも杳はずんずん歩いていく。

 全く、どう扱って良いものか、未だに困惑させられるばかりだ。

 結局、お化け屋敷は明日、駄目もとでもう一度誘ってみようと思う潤也だった。


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