第5章
性徴
-1-

2/6


「お前、最大のライバルは弟だろ」

 カウンターに戻ると、そう言われた。小早川が慣れた手つきで轢き珈琲を計量しながら、チラリと目だけ上げていた。

「何のことだよ?」
「まーたまた、惚けるなよ。杳ちゃんを弟に横取りされるんじゃないかって、不安顔してるぜ」

 言われて寛也は手のひらでペタペタ頬を触る。そんな顔をしているのかと思って。と、小早川が吹き出した。

「分かりやすい奴だな。で、ホントの所、どうなんだ?」

 笑う小早川に、寛也は眉を寄せて見せる。

「何が?」
「杳ちゃんとの関係だよ。噂じゃ、とうとうモノにしたってのもあるけど、そこんとこ、どーなん?」

 興味本位かと思って見返すと、意外と真面目な顔で聞いてきていた。が、こいつの腹は分からない部分が多いと思った。それこそ、噂では学校の裏サイトを牛耳っているのはこいつだとも言われているのだ。

「別に進展ねぇよ。友達以上、恋人未満ってところか」

 言っていて、ちょっと情けなくなる。

 抱き締めて、告白して、愛の言葉を囁いて、それでも尚且つこの状況なのだ。杳の答えを信じて待つと決めたので、今までのような焦燥感はないが、それでも少し寂しく思う気持ちは拭えなかった。今のように他の奴とケーキを食べているなんて、恋人がいたなら有り得ないのに。

「なかなかガードが堅いな、杳ちゃん」

 小早川は言って、杳の方へ目を向けた。

「な、結崎、知ってるか? その昔、入学したての頃、3年生の不良連中に言い寄られて、杳ちゃん、片っ端から連中を殴り飛ばしたらしいぜ」

 どこかで似たような話を聞かされたと、首を傾げる。

「ま、殴られて面目つぶれた奴ら、モノにしたようなこと言い触らしてたらしいけど、これが真実なんだと」

 こいつの情報は一体どこから入ってくるものなのだろうかと、寛也は不思議に思う。

「奇麗な顔して、やることはすげぇよな。ま、精々結崎も頑張れよ。俺も頑張るから」
「は?」

 聞き捨てならない最後の一言に寛也が振り返ると、小早川は手を振っていた。その方向を見ると、杳がこちらを向いていた。目が合うと、わざとらしく逸らした。

「可愛いよなー。さっきからお前のこと、ずっと見てたぜ」
「え…」
「それなのに恋人じゃねぇなんて有り得ねぇよな。いっそのこと一線越えてみれば? 案外、コロリと落ちるかも」
「一線、越えるって…?」

 キョトンとする寛也に小早川は左右を見やってから、声をひそめて言う。


<< 目次 >>