第4章
告白
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「待てよ、杳」
杳は掴まると嫌がらず、立ち止まってうつむく。
「言っても分からねぇって、お前、何も言ってくれてねぇだろ。俺、お前の口から何も聞いてねぇこと、今、気が付いた」
それだから馬鹿だって言われるのだと我ながら思ったことを、しかし杳は口にしなかった。
「お前の気持ち、知りたいんだ。教えてくれよ」
寛也としては今までで一番優しく言ったつもりだった。うつむいたままの杳の頬がうっすらと朱に染まっていくのが見えた。何も言わなくても分かるくらいに。
それでも、言って欲しかった。
「俺はお前のこと…フラれたけど、でもやっぱり愛してる。ものすごく大切に思ってるんだ」
「ヒロ…」
ゆっくり上げられる杳の顔は、ほんのり赤く染まっていて、見つめるだけでドキドキした。
「愛とか良く分からないけど、ヒロのことが好きだよ。誰よりも…好き」
言って、またうつむく。それだけで十分だった。寛也は杳の肩を引き寄せて、柔らかく抱き締める。
「俺、お前に嫌われてんじゃねぇかって思ってた…」
今までのもやもやが一気に吹き飛んだ気がした。腕の中の存在がとてもいとおしく感じられる。
「な、杳。俺達、恋人にはなれねぇのか…?」
言った途端、身を引かれた。
それとこれとは話が別と言うことなのだろうか。それとも、もしかして杳の「好き」は自分のそれとは異質なものなのだろうか。
うつむいたままの杳に、寛也は根気よく言う。
「付き合うからって、一足飛びに何かしようなんて考えてねぇよ。そ、そりゃ、キスくらいはしてぇけど、でも、お前が嫌だって言うなら、ホントに何もしねぇし。ただ、こうしてお前の一番近くにいてぇんだ。いつも俺の一番近くにいて欲しいんだ。…駄目か?」
言って、しばらく杳の答えを待つ。顔を上げようとしてはうつむくその様子に、寛也はその答えを聞いたような気がした。
多分、答えは前回と同じ。
それくらいならば、自分らしいやり方で手に入れようと思った。
「だったら、次の400で俺が優勝したら、俺の恋人になってくれよ」
言うと、ハッとしたように杳は顔を上げた。
「何それ、勝手なこと言って」
「大切にするから。俺の恋人になれたこと、幸せだって思わせてやるぜ。だから、いいだろ?」
杳は寛也のこの言葉に唖然とした表情を浮かべる。
「なに臭いこと言ってんの。ぜんっぜん、似合わない」
言って、プイッとそっぽを向く。が、少し考える風を見せてから、続けた。
「でも、優勝して尚且つ大会新記録でも出したら、考えてあげてもいいよ」
「ホントかっ!?」
信じられないような杳の言葉に、心が沸き立つ。もしかしたら、越えられないと思っていた壁を越えらるかも知れない。いや、越えてやる。
「大会新記録だよ? それ以外は認めないから」
「よし、約束だ」
そうと決まれば腹ごしらえだ。昔から、腹が減っては戦はできないと言う。寛也は鳴り始めた腹を慰めつつ、潤也の豪華弁当にかぶりついた。その食べっぷりに呆れる杳をよそに。
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