第4章
告白
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 翔は校舎脇の通路の日陰に滑り込んだ。

「俺は話すことなんて何もねぇぞ」

 寛也は不機嫌そうに言う。

「惚けないでください。噂、学校中に広まってますよ。ヒロ兄が杳に告白したって」

 夏休みに行った旅行で、潤也と一緒にいる所で「結崎さん」と呼ばれて二人で返事をすることが重なったからか、いつの間にか翔は寛也を「ヒロ兄」と呼ぶようになっていた。お前の兄貴じゃないと言うと、堅いことを言うなと睨まれたものだった。

「だったら知ってんだろ。俺、杳にフラれたんだ。お前に何の不満があるよ?」

 翔が杳の事を思っているのは自分の気持ちに気づく前から知っていた。それを横恋慕した形になっていたのだが、結局のところ、杳の気持ちは寛也には向いていなかったので、翔からすれば願ったりかなったりだろう。こんな所に呼び出されて、今更何の話があるのか。

「ええ、不満なんてありませんけどね」
「だったらほっといてくれ」

 寛也はそのまま背を向ける。その背にかけられる声。

「杳が、ものくごーーーく機嫌が悪いんです」

 寛也はこの言葉に、思わずため息をつく。

「フラれたって、一体何を言ったんですか?」
「何って…」

 杳が怒るようなことを言った覚えはない。好きだと告げて、受け入れられないと分かったから、忘れてくれと言った。それだけだ。むしろダメージが大きいのは自分の方なのだ。

「俺にはもう何もできねぇよ。杳が求めているのは俺じゃねぇんだから」
「何言ってるんですか。杳が好きなのは、ヒロ兄ですよ」

 こんなことを言いたくもないと言う表情を向ける翔。自分で慰められるものならとっくにそうしていると。しかし、自分では駄目なのだ。

「僕に、こんなこと、言わせないでください」
「俺だってそう思ってたよ。自惚れてただけだったみてぇだけど。杳は俺のこと、怖いってさ。もう、近づけねぇだろ。俺はあいつのこと、大事だから、苦しめたくねぇんだ」
「だったら来てください。杳の話、ちゃんと聞いてあげてください」
「できねぇよっ」

 腕をつかむ翔の手をはたき落とす。

「できねぇよ、今は…」
「だったらもう、いいです」

 翔は低い声で返してくる。

「杳の記憶、消します。ヒロ兄のことだけ、二度と思い出さないように、すっぱり消去します」
「好きにしろよ」

 そんなことができるのかどうかも怪しかったが、翔の顔付きは真剣だった。

「僕だって、綺羅の二の舞いなんて御免ですから」

 つぶやくように言う言葉。それを無視する寛也に、翔はきっぱりと言い放つ。

「二度と杳に近づかないでください。これからは僕が守りますから」

 約束はもう、守れないのだと、寛也は心の中に封印した。


   * * *



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