第3章
魔手
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「俺もお前がいれば、それでいいよ」
寛也を見つめる杳に手を伸ばす。そっと首から頬を撫であげる。杳は嫌がるでもなく、少しくすぐっそうに首をすくめるのを、寛也は目を細めて見やる。
顔を近づけて行くと、杳は身を引きそうになる。それをもう片方の手で肩を掴んで引き寄せた。
「杳…」
瞳を閉じる杳の長い睫が見えて、寛也はそのまま自分も目を閉じて唇を重ねようとした。
その、寸前。
「杳兄さん、起きてるー?」
翔がノックもせずに病室に飛び込んできた。同時に寛也は顔面から杳の手で突っぱねられた。首が後ろに曲がり、ぐきっと鳴った。
「…また、かよ…」
寛也は失意に、その場に崩れ落ちる。近づいてきた翔を見上げると、かなり挑戦的な目が寛也を見下ろしていた。
明かに、わざとだと思った。
「ねーねー聞いた? 明日から夏休みだから、僕、毎日お見舞いに来るね」
このガキは誰だと思うくらいに甘えた声で杳に懐く翔。床でへたりこんでいる寛也をそれとなく踏み付けて。
「てめーはっ!」
寛也はその足を払いのけ、立ち上がった。どこまで邪魔をすれば気が済むんだと言おうとして、その前に杳の平手打ちが翔の頬に鳴った。
ギョッとする寛也。
「は…杳兄さん…?」
張られた頬を押さえて、翔は信じられないような顔をする。まさが自分が叩かれると思っていなかったのだろう。
「人の部屋に入る時はノックくらいしろよ。今度やったら、お尻ぶつからな」
「ご、ごめんなさいっ」
謝ってペコペコ頭を下げる翔。竜王が、形無しだった。その様子に寛也は毒気も抜かれてしまう。
「ま、いいか」
多分、またチャンスは当分無さそうだったが、それでも失意はなかった。それどころか、気持ちは晴れ晴れしていた。
杳が元気になれば、それで十分だった。