第3章
魔手
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「んじゃ、俺、もう返るわ」
粗方の用事は済んだことだし、翔がいるのだったら心配もないだろう。そう言って、自転車のキーを手に取った。
「修学旅行の土産、あんまり期待すんなよ」
そう言って病室を出ようとしたところで、杳に呼び止められた。
「待って、ヒロ」
ご機嫌取りをしていた翔を押しのけて、杳はベッドから降りて駆け寄ってきた。そして、翔には見えないように、そっと手渡してきたものがあった。
「何?」
それは小さなメモ用紙に書かれたもので、開いてみると数字が並んでいた。電話番号のようだった。
「オレの携帯の番号」
「……えっ?」
翔には聞こえないように小声で言う。
「夜中でもいいよ。電話、待ってるから」
それだけ言って、すぐにくるりと背を向ける。何の話かと問い詰める翔を適当にあしらっていた。
寛也は手の中にあるメモを大事に握り締めて、そのまま病室を後にした。
夏休みは長いが、結構、会いに行けるかも知れない。
病院を出て、夏色の広がる空を見上げる。病室から手を振っている杳と、横で憮然としている翔が目に入った。
自然に漏れる笑みは隠せなかった。
この些細な幸せがずっと続けば良いと、そう願った。