第3章
魔手
-3-

7/11


 こんなことはしたことがなかった。自分の中の炎の力を人間である杳に送り込んで、何の効果があるとも思えなかったが。

 それでも、杳の表情からは、いつの間にか苦痛の色も消え、閉じた瞼も穏やかになっていた。

 しんとした室内に、規則正しい寝息が聞こえ始めた。

「…杳?」

 小さく名を呼ぶが、わずかに身じろぎしただけで、反応はなかった。どうやら眠ってしまったらしい。

 寛也は杳の手を毛布の中へ戻した。

 それからもう一度、寝顔を見つめる。少し頬に赤みが刺しているように見えた。先程まで真っ青だったのに。

 その頬に手を伸ばす。指先で触れて、その温もりを感じた。そして。

「杳…」

 紅を刺したような唇に、寛也はそっと唇を落とす。柔らかく食(は)むようにして唇の感触を確かめてから、ゆっくりと重ね合わせた。

 ほんのわずかな時間のあと、顔を上げると、うっすらと杳が目を開ける。が、そのまますぐに閉じてしまった。

 気づかれたかも知れないと思いながらも、寛也は頬を寄せていく。

 その耳元で呟く言葉。

 聞いて欲しいと言う思いと、聞こえないで欲しいと言う思いを抱いて。

「好きだ、杳…愛してる…」

 そして、柔らかく抱き締めた。

 触れた身体から、寛也の気がやんわりと杳を包み込んでいった。


   * * *



<< 目次 >>