第3章
魔手
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こんなことはしたことがなかった。自分の中の炎の力を人間である杳に送り込んで、何の効果があるとも思えなかったが。
それでも、杳の表情からは、いつの間にか苦痛の色も消え、閉じた瞼も穏やかになっていた。
しんとした室内に、規則正しい寝息が聞こえ始めた。
「…杳?」
小さく名を呼ぶが、わずかに身じろぎしただけで、反応はなかった。どうやら眠ってしまったらしい。
寛也は杳の手を毛布の中へ戻した。
それからもう一度、寝顔を見つめる。少し頬に赤みが刺しているように見えた。先程まで真っ青だったのに。
その頬に手を伸ばす。指先で触れて、その温もりを感じた。そして。
「杳…」
紅を刺したような唇に、寛也はそっと唇を落とす。柔らかく食(は)むようにして唇の感触を確かめてから、ゆっくりと重ね合わせた。
ほんのわずかな時間のあと、顔を上げると、うっすらと杳が目を開ける。が、そのまますぐに閉じてしまった。
気づかれたかも知れないと思いながらも、寛也は頬を寄せていく。
その耳元で呟く言葉。
聞いて欲しいと言う思いと、聞こえないで欲しいと言う思いを抱いて。
「好きだ、杳…愛してる…」
そして、柔らかく抱き締めた。
触れた身体から、寛也の気がやんわりと杳を包み込んでいった。
* * *