第3章
魔手
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病室は個室だった。南向きの明るい部屋で、備え付けのソファまであって、特別室ではないかと思えた。
杳はその部屋で眠っていた。薬が効いているのだろうか、先ほどのように苦しむこともなかったが、息苦しそうにはしていて、ベッドサイドには点滴の機材が置かれていた。
その横で、杳の母親は持ってきていた荷物を手際よくロッカーに詰め込んでいった。
「良く眠っているようね」
片付け終わってから、彼女は息子の顔を覗き込んで、一瞬表情を曇らせる。が、次に寛也の方を向いた時にはにこやかな笑みを浮かべていた。
「結崎くん、ちょっとの間、この子を見ててくれないかしら?」
「え?」
「まだこれから入院手続きをしてこなくちゃいけないんだけど、ほら、この子、目を覚ますと何をしでかすか分からないじゃない? 逃げ出されても困るから」
どういう認識なのだろうか。が、杳の最近の行動からは十分に考えられるのだろう。そんなことを呑気な調子で、何事もないように語る彼女に、寛也は思わず笑いがこぼれる。
杳の性格は、もしかして母親似だろうかと。
「逃げないと思いますけど、見てますよ」
「ありがとう」
言って元気に病室から出て行こうとして、ふと立ち止まり、寛也を振り返った。
「あ…結崎くんって、下の名前…ヒロ…?」
「寛也です。結崎寛也。杳はヒロって呼んでますけど」
慌てて返すと、彼女は納得したような顔をして、さも楽しそうに笑みを浮かべた。何だろうかと思っていぶかしむ寛也に。
「じゃあヒロくん。杳のこと、よろしくねー」
言って、緩んだ顔を隠すことなく、そのまま病室から出て行った。少々不審に思いながらも、それを見送った。
その寛也の背に、小さく声がかけられた。
「…ヒロ…」