第3章
魔手
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「え…なに…?」
真紀は自分の身体が動かなくなったことに驚いて、杳から手を放そうとするがそれもできなかった。身体にしびれのようなものが走ったかと思うと、皮を剥ぎ取られるような痛みを感じた。
「きゃあああっ――っ!」
真紀の悲鳴とともに、バリバリと音を立てて彼女の背からナメクジのような形をしたものが剥がれ落ちる。それと同時に、真紀はその場に倒れ込んだ。
杳は息をつく。咳き込む力もなかった。
その目の端に、影が映った。真紀の身体から剥がれ落ちた異形の物――ヌメヌメとした薄茶色の軟体動物。蝸牛と思ったのはあながち外れていなかったかも知れない。
その化け物が杳に近づいてくる。
もう抵抗する力なんてなかった。杳は顔だけ上げてそいつを見る。
「もう終わりか?」
ゆらゆら揺れるその身体に、気持ち悪さも加わって、杳は吐き気と目眩に襲われる。身体を支えていた腕の、肘に力が入らなかった。
近づく異形の物に、もう駄目かと目を閉じた。
バシンッ。
何かを打ちすえる音とともに、それが吹き飛んだ気配がした。視線だけ向けて見ると、それが壁に体を打ち付けていた。その腹に炎の塊が食い込んでいるのが見えた。
一瞬のことで、断末魔だけ残して、それは消え去った。
「大丈夫か?」
ベッドの上に突っ伏す杳に声をかけてくる者。杳はその声に、見なくても相手を知る。抱き起こしてくれる腕の持ち主を見上げることもできなくて、その腕にしがみついた。
「ヒロ…」
呟く名は、しかし声にならなかった。
「杳…?」
ドクン、ドクンと脈打つ心臓の周りで、あの時の傷の痛みがよみがえる。息もできないくらいの苦しさに、杳は身を屈めて胸を押さえた。
見栄とプライドだけで、これまでずっと我慢してきた。しかしもう、それも限界のようだった。杳は薄れゆく意識の中で、何度も自分の名を呼んでくる寛也の声を聞いていた。
* * *