第3章
魔手
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真紀はゆっくり杳に近づく。
「身体、弱いのね、葵くん。そういうの、女の子の特権の筈なのに、嫉妬するでしょ?」
「…勘違いしなくていいよ。ヒロとは何でもないから」
杳は話を合わせながら、真紀の気配を見る。
竜には人のそれとかなり異なるオーラがある。見ただけで杳にはそれと識別できるくらいに。同じように、人にも気力の強い者には見られる時もある。しかしそれはあくまでも人としてのものだ。それらと異なる性質のもの――鬼族などの類いのものも、特異なオーラを放っており、たった今、目の前にいるものも人ではなかった。
杳は、その気配を見透かそうと目を凝らす。が、姿を消したものは真紀の身体にその本性を隠したままだった。
「ホントに? でも結崎くん、葵くんのことだけしか見てないのよ。片思いって、つらいのよ」
「!?」
ベッドサイドまで来て杳を見下ろす真紀の背後に、突然影が見えたかと思った次の瞬間、伸びてきたものがあった。それは真紀の身体を突き破るかのようにして伸び、杳の首に絡み付いた。軟体動物のように滑らかなゴムのようなそれは体面がしっとり濡れていて、剥ぎ取ろうにも手が滑って剥ぎ取れない。
「はな…せ…」
締め付ける力は最初はそれほどには強くなかったが、徐々にきつくなり、息が詰まって苦しくなってくる。
「苦しいの? でもすぐに楽になんてしてあげない」
虚ろな目で杳を見下ろす少女。この子の意志などではないのだと思った。人を好きになって生まれるものの中に、憎しみなんて存在しないと、杳には思えた。
本当に苦しいのは自分ではなくて、この子の心の方だと思った。
杳は首を締め付けるものから手を放し、その手を自分の胸に当てる。
ふわりと身の周りに、薄い幕のようなものが広がった。途端、異形の物は真紀の身体ごと弾かれるようにして杳を放すと、後方にあったベッドに背をぶつけた。
「きゃっ」
首の締め付けがなくなって呼吸が自由になると同時に、一気に気管に入って来た空気に咳き込んだ。
その間に、真紀は立ち上がる。その背に姿を見せているのは、巨大な蝸牛の頭部のようなものだった。ひょろりと、触覚と目玉が飛び出してくる。その姿はそのまま、少女の身体を殻に見立てた蝸牛そのもので、杳は吐き気がした。
「それが勾玉? 形を失って…宿主が死ねば、消滅するだろう」
呟く真紀の言葉に、杳はハッとする。
そう言えば翔が言っていた。父竜とすれば封印が解かれても、勾玉があるだけで脅威なのだ。だから杳を狙うのだと。つまりこの勾玉には異形の物を封じる力が、まだ残っているのだろう。