第3章
魔手
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 保健室のベッドに寝かせると、杳はきまり悪そうに視線を逸らした。

「結崎は葵専用の救急車だな」

 養護教諭の佐藤はそう言って豪快に笑った。言葉遣いだけではとても女性とは思えない、朗らかな養護教諭である。

「何とでも。それよりセンセ、あの体育館、暑すぎだぜ。欠席も多いし、そろそろ夏休みになんねぇ?」
「さあな」

 佐藤は寛也の言葉を軽く受け流してから、杳に近づいて顔を覗き込む。

「このところ、毎日だな。そんなにしんどいなら、学校を休んだらどうだ?」

 その言葉に寛也は驚く。毎日なんて聞いていなかった。

「…休んだら出席日数、足りなくなるから。それに、もうすぐ夏休みになるし」

 やれやれと、佐藤は顔を上げる。

「まあいい。少し休んでろ。少なくともここは体育館より涼しいからな」

 言って、今度は寛也の方を向く。

「結崎も、もう戻れ。お前は出席日数よりも成績の方が心配だからな」
「悪かったな」

 佐藤は笑いながら、休養室を出ていった。軽く舌打ちをしてそれを見送ってから、寛也は杳を見やる。

 顔を逸らしたままで、寛也と目を合わせようともしない。いよいよ嫌われたのかも知れないと思った。それでも、言うべきことは言っておかなければと口を開く。

「お前、最近マジメになったよな。遅刻もしねぇし、お前にしては頑張ってると思うけど、具合悪いんならもっと早めに言えよ」

 なるべく怒らせないように言ったつもりだったのに、杳はそっぽを向いたまま、つっけんどんに返してきた。

「ヒロには関係ない」

 苦い思いで、寛也は次に出る言葉を飲み込んだ。

「寝るから、もう出てって」
「…そうか」

 寛也はそれだけ返した。

 こんなに拒絶される理由が分からなかった。昨日言ったことの所為だろうか。しかしあの時杳は――。

 気まぐれな所もあるし、体調が悪くて苛立っているだけなのかも知れない。少し時間を置いて、後でまた様子を見に来よう。その時には機嫌も直っているかも知れない。そう思って寛也はそのまま保健室を後にした。


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