第3章
魔手
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 言って立ち上がろうとする。が、足どころか寛也の肩に掴まろうとする手の力すらなかった。

「お前…」

 顔色も真っ青だった。この暑いのに汗ひとつかいていなくて、触れた手が異常に冷たかった。

 寛也は、杳を抱き上げた。

 以前ここで同じことをしたことがあると思うが、その時のざわめきより一層大きなざわめきに包まれた。何やら黄色い声まで混じっている気がする。が、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 寛也は駆け寄ってきた教師に、早口に言う。

「俺が連れて行きます。授業、続けてください」

 有無を言わせなかった。が、腕の中の杳が反論する。

「ちょっと、ヒロ、降ろしてよ」
「おっ、こらっ」

 暴れるので慌てて取り落としそうになって、仕方なく杳を降ろす。

「肩、貸してくれたら…それでいいよ。変なことしないで」

 きつい声だった。が、目を合わせようとしない。いつも真っすぐ見つめてきていた瞳だったのに。寛也は仕方なく肩を貸すことにした。身長が違うので、少し屈んで。

 ひんやりとした杳の手が寛也の肩を掴む。それはまるで血の通っていない、生のない者のようで、背筋がゾクリとした。

 体育館を出たところで、寛也はいたたまれずに再び杳を抱き上げた。

「ヒロッ」

 思ったとおり、杳が抗議の声を上げてくる。

「大人しくしてろ。誰も見てねぇんだから」
「そういう問題じゃないっ」

 寛也からすれば肩を貸すよりも、抱き上げる方が楽だった。

 抱き上げて、ふと気づく。勘違いでなければ、以前よりずっと軽くなっている気がする。

「杳、お前…」

 杳はもうそれ以上抗議する力もないのか、大人しくなってしまった。寛也から顔を背けて、唇を噛み締めた。


   * * *



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