第3章
魔手
-1-

10/10


 いつも杳が寛也を待っている中庭に急いで行ったが、求める人の姿はなかった。もう帰ったのだろうか。そう言えば食欲がないと言っていたが、具合が悪くなったのかも知れない。

 本当に、何も言わないのだから。

「葵くんなら帰ったわよ」

 通りすがりにそう寛也に声をかけてきた二人連れの女子は、確か杳のクラスで見たことのある顔だった。

「毎日、大変ね」
「佐渡くん、最近大人しいから、もう大丈夫じゃないの?」

 好意的な言葉に、寛也は片手だけ挙げて答える。

 自分の役目はもう終わったと言うことなのだろう。杳だとて一人で歩ける人間だ。それならこれからは寛也の手は必要なくなることだろう。

 それで良いことなのに、何故かさみしい気持ちになる。

 杳にとって自分はどんな存在なのだろうか。戦いの中で身を守ってくれただけの存在――それだけなのか。

 寛也自身の事をどう思っているのか。憎からず思ってくれているとは思うのだが。

「俺も告白してみようかなぁ」

 呟いて、夏の日差しの強い空を見上げた。





<< 目次 >>