第3章
魔手
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 信じられない気持ちで寛也は思わず手が出ようとして、思い止まった。

「やっぱり…悪ィけど、俺、これ受け取れねぇんだ」
「どうして?」
「好きな奴、いるから」

 寛也の一言で、相手は目に見えて落胆していく。もう少し言葉を選べば良いのかも知れないが、どう飾ろうともこれが真実だった。

「誰…?」

 恨みがましい色の浮かぶ目を向けてくる。

「え…いや…それは…」

 本人にも言ってないものを、こんな所で言えるものかと思った。言う気もなかったが。

「付き合ってる訳じゃないんだったら、私にもチャンス、あるよね?」

 女の子はかくも強いものなのだろうか。それはともかく、何とか諦めて欲しかった。

「ホント、悪いけど…そいつしかいねぇって思ってるから…チャンス、ねぇと思う」

 言って、今度は泣き出しそうな少女に背を向けた。このままダッシュで逃げ出してやるのが得策だと。が、駆け出した直後、叫ばれた。

「葵くんでしょ?」

 思わず足が止まる。

「あの噂、本当なんだ?」
「噂?」

 つい、振り返ってしまった。

「葵くんとホテルから出てきたって。仲良さそうに寄り添ってたって」
「ホテル…?」

 先日の佐渡の件だろう。杳は気分が悪そうだったから、そんな風に見えたのかも知れない。

 まさか阿蘇とか京都とかで同じ部屋に泊まったことを言っている訳でもないだろう。京都の時には、気づいたら同じベッドで寝ていたし。指摘されたら、申し開きができない事実だ。

「そりゃ、誤解だって。俺達、そんな関係じゃねぇし」

 と言うか、何でそんな弁解がましいことを言わなければならないのか。もういいと思った。これ以上、杳への気持ちをつつかれたくなかった。

「とにかく、ゴメン」

 言って寛也は駆け出した。

 初めてされた告白も、相手のことを何も考える余裕がなかった。


   * * *



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