第2章
使者
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冷たい水が湯に変わるのに合わせて、気分が落ち着いてきた。
ここにいる間は何とか安全だと思えた。なるべく時間を長引かせるくらいしか方法は思いつかなかったが、まさか朝まで引っ張ることもできないだろう。鍵でもかけておこうか。考えて、それも無駄だろうと思い至る。
翔は無事に帰してもらえただろうか。そうでなかったら、自分がここにいる意味もないのだが。翔が気づけば助けに来てくれるだろうか。いや、翔自身、杳が来たことも、ここにいることも知らないのだ。
では、どうにかして知らせる方法はないだろうか。携帯電話はカバンの中に入れっぱなしだった。カバンはバイクに積みっぱなしだ。ほとほと馬鹿だと思った。あの携帯電話は、GPS機能付きだったのに。
身体が温まると、頭もしゃんとしてきた。身体の震えが止まれば格闘して逃げることもできるかも知れない。何だかんだ言っても、相手も同じ高校生一人。取り敢えず、何か身を守る道具でもあれば。あの部屋にそんなものがあっただろうか。
それよりも非常ベルを押してみた方が確実かも。廊下に出ないとないだろうか。廊下に出ても、右も左も分からないけれど。階段はどっちだろうか。
ぐるぐる考えていると、外から声が聞こえた。
「杳、いい加減に出ろよ。時間稼ぎしても無駄だからな」
その声に途端に気分が逆戻りして、悪くなる。自分でも明かに分かる。これは精神的なものなのだ。気持ちに蓋をすれば、何とか頑張れるかも。
杳は気を落ち着けて、怒鳴ってやった。
「うるさいな。飢えた四つ足動物みたいに吠えるなっ」
一瞬、沈黙の後。
「いいから早く出ろ。じゃなきゃ、引きずり出すぞ」
実際にやりそうな奴だと思った。諦めるしかなかった。
「分かったよ、万年発情期っ」
自分で言っておきながら、へこみそうだった。
仕方なくシャワーを止めて、ドアを開けてバスタオルを取って、ふと見ると。
「あのヤロー…」
人がシャワーを浴びている間に脱衣場に入り込んだらしい。杳の服がなくなっていて、代わりにバスローブが置いてあった。
いよいよ逃げられないと悟った。
* * *