第2章
使者
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「葵に言い寄っている奴がいること、知ってるか?」
「はあ?」
寛也はこの手の話題には疎かった。
「K組の佐渡」
「…誰だ、それ」
聞き覚えのない名だと思いかけて、いや、聞いたことがあると気づく。
「定期考査上位の常連で、公然の秘密だけど、裏番」
「おお、そうだ、そうだ」
潤也の口から聞いたのだ。文武両道なのがすごいなと言っていた。しかし、そんな奴がどうして杳なんかに興味を示すのか。
「かなりしつこく誘うらしくて…これ、結構、有名な話だぞ」
「知るか」
誰も耳に入れてくれなければ、知らなくて当然である。
「だけど杳なら、興味なけりゃ無視してるだろ?」
「それがさぁ」
ついさっき出回ったばかりの情報だと前置きして、小早川は昼休みの最後にK組で佐渡の言った言葉を伝える。自分の出るソフトボールで優勝したら、杳が付き合うと承知したと。
「まさか」
まるっきり信じられなかった。
「勝手に言われたって感じで、葵くん、言い返せなくて可哀そうだったって、K組の友達が言ってた。いつも、すごい嫌がってるのにって」
横から口を挟んだのは女子。うんうんと周りの女子も同じようにうなずいてみせる。
「あそこのクラス、仲良いって言われてるけど、実際は佐渡のワンマンだからな。外れて睨まれるの、怖がってる奴もいるって言うし」
別の声が教えてくれた。
「それで俺に…」
理由が理由だっだたけに言えなかったのだろう。他に頼るところもなくて、寛也に言ってきたのだ。
頼られて嬉しいと同時に、それならばもっと労ってやればよかったと後悔もする。
「負けられねぇな」
寛也は唇をかみしめた。
その寛也を見やって、小早川が横で不遜な笑みを浮かべる。
「な、結崎。面白いこと思いついたんだけど、乗る?」
「面白いこと? またろくでもねぇことか?」
言われて小早川は少し不満そうに頬を膨らませながらも、面白くてたまらないと言う表情だった。
「ソフトで優勝したチームのMVPに、葵がキスしてくれるっていうのは?」
きゃーっと、周囲で女子の黄色い声が乱舞する。
「これだけのことで、本気で頑張る奴、かなーりいるぜ」
かなりって、どれくらいだろうか。
どちらにしても、寛也は自分が優勝しなくてはならないのだと、自分に言い聞かせた。
揺れる杳の瞳を思い起こしながら。