第2章
使者
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「困ってるのか? 理由、言えないのか?」

 余程のことがない限り、こんな言い方はしてこない筈だ。そう思った。

 黙ったままでうなずきもしない杳の心情を思いやる。

「分かった。約束する。って言うか、頑張るから」

 言うと、ようやく顔をあげてくれた。

 自分も大概、単純なお人よしにできていると思う寛也だった。

「その代わり、ちゃんと応援してくれよ。気が向いたらなんか言わずに」

 少し泣きそうだった表情に、わずかに浮かぶ笑みに、落ちない者はいないのではないかと、寛也は思った。

「うん、ありがとう」

 最近素直になることが多くなったと思うのは、気の所為だろうか。

 こんな時はひどく可愛く見える。

 思えば戦いの間は緊張感ばかりで、杳の笑った顔なんて殆ど見たことがなかった。そういう奴なのだと、思い込んでいただけなのかも知れない。

「じゃオレ、帰るから」

 言うと、杳はそっけなく背を向けた。

「…え?」

 待て、それだけかと声をかける間もあらばこそ。あっと言う間に廊下の向こうへ消えてしまった。

 ガックリと力が抜ける寛也。

「せめて一緒に帰ろうとか…」

 そんな訳ないと思い返して、さらに肩を落とす。

 寛也が回れ右をして教室に戻ろうとして、ふと、戸が少し開いているのに気づいた。

 覗いている目がひとつ、ふたつ、みっつ…。

 寛也は握りこぶしして、一気に戸を開けた。

「うわああぁぁ」

 四散していくクライメイト達。成る程、杳はこれに気づいていて、からかわれるのが嫌でとっとと帰ったのだろう。

 寛也はやれやれとため息をつく。

「あ、葵、何だって?」

 多少遠慮がちに聞いて来たのは小早川だった。

 先日、こんこんと説明して以来、彼は半信半疑で杳の言動を観察している様子だった。

「ああ。今度の球技大会のこと。俺に優勝しろって言いやがる」

 ザワリと、周囲がざわめいた。ひそひそ声が寛也の耳に触る。

「何だ? 何かあるのか?」

 周囲に目を向けると、みんな互いに視線を交わして、互いにつつき合う。

 その中で、代表して答えたのは小早川だった。


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