第2章
使者
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 終礼のチャイムが鳴り終わると同時くらいにA組の教室に駆け込んできた杳に、クラス中が沸き立った。

 女子が小さく歓声を上げるのも聞こえた。

 その杳は教室内をぐるりと見回して寛也の姿を見つけると、帰り支度を始める生徒達の間を縫って近づいてきた。

「ちょっと来て」

 有無を言わせず、杳は寛也の腕を掴む。

 クラスも全然違うのに、どういう関係かと言う目で見てくるクラスメイトまでいる中で。

「おい、何だよ。俺まだ掃除が残ってんだぜ」

 しかし杳はそれ以上何も言わず、寛也の手を引っ張る。

 周囲の好奇の目にさらされながら、寛也は杳について教室を出た。

 ドアを閉めて、杳が寛也を見上げてきた。

 杳もそれほど背が低い訳でもないが、長身の寛也からは頭半分以上低かった。

「今度の球技大会、何があっても優勝してよ」

 いきなり言い出した杳に、寛也は目を丸くする。

 昼間は全然興味が無さそうにしていなかっただろうか。半分以上はポーズだとは知っていたが、いきなりの豹変ぶりに驚いた。

「A組って優勝候補なんだろ? だったら絶対、勝ってよ」
「絶対って…そりゃ勝ちたいけど、俺一人のゲームじゃねぇし、勝負は時の運だからな」
「でも、勝ってもらわないと困る」

 拗ねたように杳が見上げてくる。その様子の変化にいぶかしむ。

「何か…あったのか?」

 聞くと、杳は慌てたように目を逸らした。唇を少しすぼめて。

「別に、ないけど…」

 ないわけない。丸分かりな杳の態度に、寛也は小さくため息を漏らす。

「言ってみろよ。聞いてやるから」

 なるべく穏やかに言う。が、杳は目を合わせようとしなかった。

「やっぱり、いい。忘れて」

 そのまま掴んでいた寛也の腕を放すのを、とっさに捕まえた。


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