第2章
使者
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「だから、優勝したら俺の恋人になれ。いいな?」
「やだよ」
「杳ぁ」
「馴れ馴れしいよ、放せ」

 杳は佐渡の身体から抜け出そうとする。

 嫌がっているのが分かりきっているのに、諦めない相手が腹立たしい。

「だったら、どうしたら俺を振り向いてくれるんだ?」
「ムリだって言ってるの、分からない? オレ、あんたに興味ないし」

 自分が嫌いなことなら容赦ない言葉を平気で言う。そんな杳に、佐渡も意地があった。

「興味を持つようにしてやってもいいんだぜ。一度、抱いてやるよ。そうしたら俺のこと、すっげー好きになるから」

 杳の頬が朱に染まる。同時に平手が飛び出すのを、佐渡は見透かしていたように避けて、その腕を捕まえた。

「あんた、サイテーだ」

 睨んでくる瞳は、ぞくりとするくらい、艶を帯びていた。しかし、その奥にある脅えた色に、佐渡は杳の身体を解放する。

 が、その腕は掴んだまま、教室へ入った。

 予鈴の音が聞こえていた。

 教室に入ると、佐渡の腕を振り払い、クラス中が何事かと振り返る中、自分の席について、うつ伏せる。

 その杳を眉をしかめて見やって、佐渡は声を上げた。

「今度の球技大会は、全種目、K組の優勝と行こうぜ」

 佐渡の言葉に、教室内がわく。

「まずはソフトを優勝させる。そうしたら葵杳は俺の恋人になるそうだ」

 うつ伏せていた杳が顔を上げて睨んでくるのを、ニヤリと笑って返す。

 歓声の上がる中で、杳は何も言えずに悔しそうにする。佐渡はそれを見下ろしながら、杳を追い詰めていく気分に酔っていた。


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