第1章
予兆
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「よお」
翔にまとわり付かれながら、杳が階段を降りてくるのに、寛也は片手を上げて声をかけた。
「お前、すっかり保健室の常連になってるみたいだな」
「おかげさまで」
素っ気なく返して、杳は寛也の脇を擦り抜ける。
その間に翔が素早く割り込んでくるのを、寛也は一歩下がってやりすごした。
「な、俺んち寄ってかねぇか? この間さ、中古でPS2買ってやってんだけど、何かうまくいかなくてよぉ」
「また今度ね」
言って杳は、立ち止まって振り返る。
「今日は久しぶりにバイク飛ばしたい気分なんだ」
ふわりと笑う。まだ少し儚げな色が残って見えるのは、記憶の封印の残像だろうか。
「んじゃ、俺も一緒していいか?」
寛也が嬉しそうに言うのを、怪訝そうに返す杳。
「免許、取ったの?」
「いや、バイクって言うか、バイシクルって言うか…」
プッと吹き出して。
「ばっかじゃん」
「ばかって言うなよ。いいじゃねぇか。な、な、待ち合わせしようぜ」
「待ち合わせ?」
「ん。渋川なんてどうだ?」
一瞬キョトンとして、杳はまだ吹き出した。
「何で笑うんだ?」
「だってねー」
「嫌なら別に、深山公園でも、王子が岳でもいいんだぜ」
取り敢えず、自転車で行ける範囲を挙げる寛也に、杳は渋々降参する。
「いいよ、渋川で。先に行って待ってて」
「お。何なら家まで送ってやろうか?」
「また歩かされるから、やだ」
「いや、あれは…」