第1章
予兆
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6時間目の授業終了のチャイムが鳴ると早々に、杳はカバンを抱えて一目散に退散しようとして、出口で立ちはだかられた。
「待てよ、杳」
言われて、相手を睨みつける。
「誰が名前で呼んでいいって言った? 委員長さん」
「何なら俺のことも名前で呼べよ。亮って」
「誰がっ。それよりどいてくれない? オレ、帰りたいんだけど」
「なら送ってくぜ。迎えの車、来てるから」
「どこの坊ちゃんだよ」
呆れる杳をよそに、佐渡は杳の手を握って、思いっきり叩かれた。
「触るな、ブサイク…」
怒鳴る途中で、唇を塞がれた。
驚いて逃げようとする杳の顎をとらえて深く唇を落とす。
と、いきなりパシンと言う音とともに、杳は身体の自由を取り戻す。その次の瞬間、教室の反対側で何かがぶつかる音がした。
「え?」
見ると、出口とは正面になっている教室の奥の壁に、何かの力がめり込んだ跡があった。
振り返ると、佐渡は軽く肩をすくめて見せた。
嫌な予感がしてドアを見ると、そこに佐渡を睨んでいる翔が立っていた。杳が振り返ると、慌てて笑顔を向ける。
「杳兄さん、帰ろう」
すぐさま杳の腕を取り、翔は引っ張った。
年下の顔をして無邪気に甘えた声を出す翔に、杳は多少の頭痛を覚えつつ、それでもこの場から逃げ出すチャンスだと、翔に従った。
「と言うことで、お迎えが来たから、オレ帰る」
チラリと佐渡を見やってから、杳はさっさと出て行った。
「おお、じゃあまた明日なー」
元気に返して、佐渡は杳を見送った。
他のクラスメイトが、一体今何が起こったのか分からず、凹んだ壁を見ているのを、佐渡はパンパンと手を叩いて注意を促す。
「よーし。じゃあ今日は終礼もないから、みんな掃除だけして帰るぞ」
声をかけて、全員の注意を散らした。
こんな些細な事件を、無かったことにすることくらい簡単だった。明日の朝にはあのへこみも消えるだろう。
「それにしても、あいつ――」
佐渡は杳と翔の後ろ姿を見やる。
今の力は明らかに翔から出されたものだった。嫉妬心の方を強く感じたので良く分からなかったが、人の力とは思えなかった。
何者だろうか。
「とんでもねぇボディガードがいるようだな」
呟いて、佐渡は掃除を始めた級友達に紛れ込んだ。
その背に、人に見えざる碧の翼があった。
* * *