第1章
予兆
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「今のでもう、誰もお前に手ぇ出せないから」
「は?」
「あいつ、裏番。しかも親はこの学校の高額出資者。先生も手を出せないって話。だから苛めてくる奴もいなくなるけど、言い寄ってくる奴もいなくなるぜ」
ふーんと、杳は興味無さそうにうなずく。
それよりも、こんな噂が広がることの方が煩わしかった。翔とか潤也に知られるのはものすごく嫌だった。そして、寛也にも。
「あいつの名前、何て言うの?」
杳の質問にガックリとくる周囲。仕方ないとは言え、名前も覚えてもらっていない相手に人前でキスをして見せた委員長が不憫で。
「佐渡亮(さわたりりょう)。一年の時から裏番張ってたツワモノだよ」
教壇に立つ委員長――佐渡亮は、上手にクラスを仕切っていた。裏番かどうかは知らないが、従っているクラスの連中の素振りから、信望も厚いのだろうことは十分伺えた。
その状況が、何だかすごく腹立たしく思えた。
「ふーん…」
杳は腕組みをして、少し考える様子を見せてから、いきなり立ち上がった。
「やっぱオレ、気持ち悪いから吐いてくる」
言うと、くるりと背を向けてさっさと教室を出て行こうとする。
出て行く寸前に、ふと振り返って。
「それから、オレ、付き合ってる奴はいないけど、好きな奴いるから、絶対あんたには振り向かないよ」
それだけ言って出て行った。誰も止める間はなかった。
「な…んだと…」
杳の前では不遜な態度だった佐渡は、ガックリと壇上で肩を落とした。それでも指令を出すことだけは怠らなかった。
「保健委員、あいつが廊下で倒れないように付いていってやれ。ついでに逃げ出さないように見張ってろ」
「ラジャー」
クラスの隅で一人の生徒が立ち上がった。そのまま、言われた通りに杳の後を追いかけた。
一筋縄ではいかないと思っていだが、これ程までとは。しかしまあ、その方が落とし甲斐もあると言うものだと、立ち直りの早い佐渡だった。
「面白ぇじゃねぇか。こうなったら、絶対に落としてやる」
相手は男なんだとは、誰も、とても突っ込める状態ではなかった。
そして杳は保健室へ逃げ込んで、その時間はそのまま教室へ戻らなかった。
* * *