第1章
予兆
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「それじゃあ、ここへ来い」
「は?」

 思いっきり嫌な顔をしてやる。が、相手はそんなことは一向に気づかない様子だった。

 杳は無視して席に座ろうとするが、それを立たせたのは左右の席の生徒。

「えっ、ちょっと…」

 腕を引いて、背中を押されて、委員長の隣まで連れて行かれた。

 にまにま笑っている顔がひどく腹立たしい。

「何をしろって?」

 ふて腐れて聞く杳に、明るく答える。

「自己紹介」
「はあ?」

 杳は眉をしかめた。今、何月だと思っているのかと。

「だって、うちのクラス、一番最初のお前がいないから、そこで立ち止まったまま、先に行けてねぇんだよ。だから言っただろ、待ってたって」

 すごい言い訳で、こじつけだと思った。不満顔の杳に、委員長はポンと肩をたたく。

「みんな後に続くから、一番手、よろしく」

 言って、自分は教師の席に座る。

 なんて奴だと思いつつ、杳は正面を向く。どの顔も杳を見ていて、すごく期待しているのが分かった。

 思えばいつもクラスの隅に一人でいることが多かった。人と交わりたくなくて、人の目から逃れたくて、ずっと逃げていた。

 だが、今回だけは逃げ場所もないようだった。

 杳は大きくため息をつく。

「葵杳…です。よろしく…」

 ようやくそれだけを言って、席へ戻ろうとした。それを慌ててくい止めたのは委員長だった。杳の腕を掴んで。

「それだけってのは、ねぇだろ? もっと何か言えよ。趣味とか特技とか」
「ないよ、そんなもの」

 杳は相手の腕を振り払って、ますます不機嫌になる。

 噂どおりだと、これも許容範囲内だと覚悟のうえの委員長は根気強かった。


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