第1章
予兆
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「だったら、今なら言い寄ってもいいか?」
ビクリと小さく震える杳が、何とも愛しく感じて、耳元に唇を近づける。
「俺、お前のこと…」
言いかけたところで、ガタガタと用具室の戸を叩く音がした。
途端に杳は寛也の腕から逃げ出してしまった。
コホンとわざとらしく咳払いが聞こえて、開いた戸から姿を現したのは潤也だった。
「人が心配して来てみたら…」
ジロリと睨まれた。
「でも、すっかりカタが付いたみたいだね」
中の惨状に潤也は呆れ顔だった。そして、言葉の節々に嫌みがこもっているのを感じる。
こいつ、絶対に性格が悪くなったと、寛也は思った。
「オレ、疲れたから保健室で寝てくる」
杳は寛也の顔を見ないようにしながら出て行こうとする。それを潤也が呼び止めた。
「この週末、僕んちへおいでよ。来週の試験、勉強を見てあげるから」
「え?」
そう言えば、ノートを借りてくれるんだったと、杳は思い出す。
「金曜日に着替えを持っておいで。2泊も頑張れば何とかなると思うから」
今の杳にはかなり甘い言葉だった。
思わず、断れと心で願うのは寛也。
その寛也にチラリと目を走らせて、杳は言う。
「ヒロが邪魔しないならね」
寛也の反応を伺っているような杳に、潤也が答える。
「さあて。大人しく、一緒にお勉強に加わるなら、仲間に入れてあげないでもないけど」
「だ…誰がっ」
言ってしまって、しまったと思うのは良くあることで、潤也が勝ち誇ったように笑っているのが目に入った。寛也の味方だとばかり思っていたのに。
「と言う訳だから、金曜日、待ってるよ、杳」
言って、わざわざ杳の肩に触っている潤也が憎々しく思えた。が、杳はそれを軽く払いのけて、さっさと行ってしまった。
もう、振り返りもしなかった。
その杳を見送って、寛也を振り向く潤也。
「言っておくけどね、ヒロ。ライバルは翔くんだけじゃないから」
「…え…?」
思いっきり驚く寛也に、潤也は大きくため息をつく。
「鈍感炎竜…」
呟いて、潤也は寛也に背を向ける。
「そこの後片付け、ヒロがしておくんだよ。それから、その血みどろの制服は自分で始末しなよ」
それだけ言って、潤也は体育館の方へ向かった。
寛也はただ呆然とするだけだった。