第1章
予兆
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「カッコわりぃ…」

 背中を強かに打ち付けて、寛也はそれでも起き上がった。

 頭を少し打ったかも知れない。わずかに目眩がした。

 人間の力はこんなにも弱かったのか。

 目の前の敵との力の差が見えない寛也ではなかった。多分、このままでは勝つどころか、やられてしまう。逃げる方が得策か。

 否、そんなことはできない。

 寛也はポケットの中の鈴を取り出す。潤也が渡してくれたものだった。それを、杳に向かって歩み寄って行く敵目がけて投げ付けた。

 リンと言う音とともに、鈴が白い光を放ち、化け物の身体を覆った。

 目くらましくらいにしかならないと潤也は言っていた。多分、効果は一瞬なのだろう。

「逃げろ、杳っ」

 叫ぶが、杳は動かなかった。寛也は急いで駆け寄る。

「ばかっ、逃げろって言ってんだ」
「逃げたら、結崎くん一人でやっつけようと思ってるだろ?」

 見抜かれているのに驚く。

「一人でなんて無理だ。オレも戦う」

 真剣な瞳は、まっすぐだった。これを否定して押さえ込むことなんてできなかった。

 そして何よりも寛也のことを心配してくれている気持ちが嬉しかった。

「分かった。じゃあ…」

 言おうとして、寛也は背後に気配を感じた。

 振り向くそこに、化け物の鋭い爪が振り降ろされてくるところだった。咄嗟に杳をその爪から守ろうと、身体が動いた。

 ザクリと、肉の裂ける音と、背中に熱い痛みを感じた。

「結崎くんっ」

 杳の声が耳元でして、寛也はすぐに現実に引き戻される。

 背中を爪で裂かれたのだとすぐに分かり、反射的に治癒をしようとして――。

「!!」

 力が出なかった。

 封印は全ての力に及んでいるらしかった。自己治癒能力も出せないのだった。

 生暖かい血が、脇を伝って落ちるのを感じた。


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