第1章
予兆
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その間に、杳は取り敢えず目についたもののうち、一番頑丈そうな野球用のバットを手に取った。
それから、そっと化け物の背後から近づいて、思いっきりバットを振った。バットは化け物の腰の辺りに当たり、よろけた弾みに寛也を取り落とした。
ギロリと振り返る赤い目に、杳はぞっとして、慌てて後ずさる。
「杳、逃げろっ」
寛也は情けなくも、股間を押さえていた。その寛也を見やって、杳はバットを握り締める。
「やだよ。結崎くん、置いていけないし、それに」
杳は相手を睨みすえる。何だか良く分からないが、杳がものすごく怒っているらしいことが感じられた。
とたん、杳は化け物の方へ突っ込んでいく。
ごぎっ…。
丁度バットを振った高さが、化け物のそこだった。勢いよく股間に命中してしまったのだ。
寛也は思わず、自分の同じ場所を押さえていた手に力が入ってしまった。
どうも、この化け物もオスだったらしい。
「ぐおおおおーっ」
雄叫びを上げて後ずさる化け物の脇を擦り抜けて、杳は寛也に駆け寄る。
「大丈夫?」
「お前…」
心配している杳に、声にならない寛也。
何を言わんとしているのか、その寛也の表情から読み取った杳は、少し眉を吊り上げる。
「だってアイツ、オレにキスしたんだ。結崎くんの姿して。許せるかっ」
「んだとぉぉ!?」
寛也は、杳の持っていたバットを奪い取り、立ち上がる。
「俺だって、まだしてねぇのにぃぃ」
「…何言ってんの?」
突っ込む杳の言葉は、取り敢えず聞かぬフリをした。
よろけている化け物めがけて、寛也は即座に飛び出して、杳がしていたのと同じようにバットを打ちすえようとした。
が、その先をがっしり掴まれた。いくら何でも三度目で、しかも真正面からでは簡単に殴られてくれなかった。
「いつまでも刃向かえると思うな、人間」
言って、持ったバットを振り上げる。そうはさせまいと寛也も踏ん張るが、持ち上げられて、バットごと壁に叩きつけられた。