第1章
予兆
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「悪ィ、悪ィ」
寛也は、少し時間をくれと言って、杳を保健室に待たせたままだった。潤也に封印をしてもらって、急いで戻ってきたのだが。
「ああ、葵なら、もう元気になったから先に行くとお前に伝えてくれって言ってたぞ」
「!?」
佐藤の言葉に、思わず舌打ちしてしまった。
寛也はそのまま、ドアも閉めずに駆け出した。
しまったと思った。
怖がりな面だけがひどく印象的で、元々の杳の性格を失念していた。
待っていろと言って、おとなしく待っているような奴ではなかったのだ。こうと決めたら、誰が何と言おうと聞きはしなかったのだ。守られるだけの可愛いお姫様なんかじゃないことは、自分が一番よく思い知らされていた筈なのに。
「バカか、俺は…」
全速力で駆け込む体育用具室。重い戸を開けて。
「杳っ」
薄暗い用具室の中に入って一番に目に入ったのは、身の丈が天井まではあろう程の化け物だった。全身を深緑色をした鱗で覆われたそれは、赤い目を飛び込んできた寛也に向けた。
「結崎くん、こいつだよ」
「ああ…」
見れば分かる。半人の形をしているが、これは生粋の妖の物にしか見えなかった。
寛也は壁伝いに、杳に近づく。
「何で一人できた?」
「結崎くんがいたんじゃ、出てこないかと思って、先におびき出してた」
怖い筈なのに、何て奴なのか。
寛也はうずくまっている杳の頭をくしゃりと撫でて、敵を見やる。
「てめー、何物だ? 何だってこいつを狙う?」
対峙して立つ背に、杳をかばう。
早く逃がしてやりたかったが、そうなって敵に消えられたのでは、せっかくおびき出してくれたのが無駄になるし、杳ももう少しくらいは平気そうに見えた。
潤也が言っていたように、もしかしたら本当に記憶が戻りかけているのかも知れない。
「お前ごとき人間に教える必要はない」
言って、敵は寛也に手を伸ばす。
その動きを見て、咄嗟に身を屈めた頭上を鋭い爪が通り過ぎた。