第1章
予兆
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もう、どうしていいのか分からない。
が、伝えたい思いは溢れてきた。
寛也はゆっくり右手を伸ばして、首を竦める杳の頬に触れた。
逃げることをしない杳に、わずかに目を細めてから、いきなり気づいたように慌てて手を放した。
思わず浮かぶ苦笑。
「悪ィ。俺、何もしねぇって言ったよな…」
言った側からキスしたくなったなんて、笑えない。
寛也は杳に背を向けて、自己嫌悪に大きくため息をつく。
「分かったよ」
その寛也の背に杳の声が聞こえた。
「信じるよ、結崎くんのこと」
はっとして振り返ると、杳はまっすぐに寛也を見つめていた。目が合うと、わずかに笑む。
思わず見とれてしまう自分に気づいて、寛也は視線をさまよわせてしまった。
その寛也の手を握ってくる杳の手。
「お…おい…っ」
慌てるが、寛也にはその手を振り払うことはできなかった。
「オレ、多分、結崎くんのこと…」
切なげな瞳が心に突き刺さる。
「もういいよ」
その杳の手を握り返した。
こんなにも頼りなくて儚い杳も可愛いと思うが、それでもやっぱり、以前のままの、強気で我がままな杳でいて欲しいと思った。今の足かせを取り除いてやりたかった。
「お前が恐れているもの、お前の中から消してやるよ」
「え?」
「だから、一緒に来い」
キョトンとする杳に、寛也はニッと笑う。
「体育用具室に行こう。デートしようぜ」
* * *