第1章
予兆
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2日連続の保健室に、養護教諭の佐藤は心得たように、簡単にベッドを提供してくれた。
気を失っているので、当たり前と言えば当たり前だが。
寛也は杳をベッドに寝かせると、靴を脱がせて、少しでも楽になるようにとズボンのベルトを外して、一瞬ためらってから、ボタンを外しかけて、手が止まった。
不必要にドキドキする。
手元が震えているのが分かった。
こんな時に何を考えているんだと、自分を叱責しながら、もたもたしてしまった。
「何…してるの?」
と、声をかけられて、ギョッとした。見ると、杳が目を開けていた。
「あ…これは…」
杳のズボンのボタンを外している最中の自分の様子に気づいて、慌てて言い訳をしようとして、その前に思いっきり頬をぶたれた。
「ご、誤解だ。何かしようと思ったんじゃなくて、服をゆるめた方が楽になると思って…」
必死で言い訳を並べてから、ふと、杳の様子に気づいた。
怒っているのではなくて、寛也から遠ざかるようにして身を縮ませていたのだ。
ズキンと、胸を刺すもの。
自分までもが怖がられているのだと言う事実。
それ程までにおびえなくてはならない杳が可哀想に思えた。
「杳…」
寛也は小さく息をはいて、ベッドに腰を降ろした。
「お前は覚えてねぇけど、俺、お前と約束したんだ。何があってもお前のことを守るって。お前がいくら俺のことを忘れても、お前との約束は絶対に守るよ。だから、俺のこと、信じて欲しい」
そう言う寛也に、杳は顔を上げる。
見つめてくる瞳が、吸い込まれそうなくらい、深い色をたたえていた。
思えば、この瞳に、初めに引かれたのだ。
高慢で我がままで、気分屋で、口より先にすぐ手が出る。手を焼かされてばかりで、それでも、ひどく暖かかったその腕に心を慰められた。
守りたいと思った。遠い昔、大切なものを失って以来、ようやく取り戻せた大切なものだと思った。
そして芽生えた淡い思い。
「俺を怖がらないで欲しい。お前を傷つけたりしねぇから。何もしねぇから」