第1章
予兆
-2-

13/13


 翔は熱くなる寛也とは対称的に、冷静な表情のままで、ゆっくり寛也の手を解いた。

「僕だって、杳のことを大切に思っているんです。貴方以上にね」

 が、向けてくる眼差しは、ひどく挑戦的だった。

「誰にも渡しませんよ。貴方がいくらあがいても、杳は僕のものですから」
「そんな小手先の術で人の心を封じ込めて、それで自分のものになったなんて言うのは、ただの思い上がりだ」
「戦ごときに何が分かるっ?」

 低く呟いたかと思うと、寛也は小さく弾き飛ばされた。

 一歩後ずさって見やる翔は、静かに、しかし深く怒りをたぎらせていた。

「綺羅を傷つけたのは戦。あみやを傷つけたのは人間。もう誰も杳を傷つけさせない」
「お前…」

 混同しているだけなのだと思った。かつて慈しんだ少女と、杳を。

「…もういいでしょう。杳のことは話しても平行線みたいですから」

 平行線と言うよりは、翔の一方的な思い込みにも思えた。が、これ以上何を言っても無駄だと思った。

「明日、校内を調査しますよ。見つけ次第、始末します」

 大したことはないように言って、翔は寛也に背を向けた。その翔に、よせば良いのに声をかけた。

「おい、『お見送り』は?」

 その言葉に、翔はとても好意的とは程遠い表情を向けてきた。

「お宅まで吹き飛ばして欲しいんですか?」
「げっ」

 冗談も通じない。

 寛也は肩をすくめて、引き下がった。所詮、交友関係が生じる相手でもないだろうことは薄々気づいていたから。

 寛也は自転車のスタンドを倒して、サドルにまたがった。帰りはちょっと力を使えば、半分くらいの時間で帰れるだろうか。そう思った。





<< 目次 >>