第1章
予兆
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奥のキッチンで、母親が夕飯の支度を終えて皿を並べていた。その背に聞いてみた。
「あの二人って、知り合い?」
寛也と翔に、余り接点があるようには思えなかった。第一、この家へ来て1カ月程度の翔が、学年の違う寛也と知り合う機会もほとんど無いだろう。
「さあ。でも結崎くんだったかしら。あの子、前にうちへ来たわよね」
「え?」
母親の意外な言葉に、杳は驚く。
「あんたが10日程家出して遊び回っていた間のプリント、持ってきてくれたじゃないの」
何それと聞きかけて、やめる。家出していた10日間と言うのが、例の空白の10日間だとすぐに気づいたから。
「そう…だったかな…」
曖昧に答えて、杳は自分の部屋へ向かった。
もちろん寛也がこの家に来たことは知らない。プリントがあるのは翔が持ち帰ったのだと翔から聞かされただけで、覚えのないことだった。
そう言えば寛也の態度は、最初から馴れ馴れしかった。
そんな奴なのだと思っていたが、杳の事を知り過ぎている。ストーカーでもあるまいし。
「結崎くんがあの10日に関係している…?」
部屋のドアを閉めて呟く。
明かりを点けずに、近づく窓辺。
そこに、玄関先で話をする寛也と翔の姿が見えた。その二人を取り囲む光のようなものが見えた。
子どもの頃から見ていた翔のオーラと同じものを纏う寛也。
名前で呼び合うような仲――多分そうだったのだろう。寛也は無意識に杳の名を呼んでいた。
だったら自分は、何と呼んでいたのか?
「結崎くんの名前って…」
確か先程、弟の潤也が呼んでいた。
「ヒロ…」
呟いて、いきなり左肩に激痛が走った。その痛みに杳は思わず膝折れる。
が、肩の痛みよりもずっと、痛む場所があった。
赤い赤い、炎のような夕陽と、切なく淡い思い。それに手を伸ばそうとしても、どうしても届かなかった。
* * *