第1章
予兆
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「随分遅くなっちまったな」
「大丈夫だよ」

 言って杳は玄関のドアを開ける。

 その脇から、寛也はちょこっと中を覗き見る。翔がすっ飛んで来るだろうと思って。

「ただいまー」

 声をかけると、先に玄関に顔を見せたのは母親だった。

「遅かったのね。そこら辺で倒れてるんじゃないかと心配してたんだけど」

 あまり心配そうに見えない様子でそう言ってから、ふと、寛也に気づいた。

「あら、いらっしゃい」
「結崎くん。送ってくれたんだよ」
「あらまあ」

 寛也はどうもと呟いて、頭を下げた。そこへ、文字通り翔が転がり込んで来た。2階の自分の部屋にいたのだろう。階下の様子に気づいてすっ飛んできた様子だった。

「杳兄さん、どこで何やってたの? もう、何回も学校と家を往復して…」

 と、杳の後ろに立っていた寛也にようやく気づいて、途端に表情が険しくなった。

「よお、ちょっと話あるんだけど?」

 寛也の言葉に、翔は杳をチラリと見て、不思議そうな表情を見取ってから言う。

「いいですよ。じゃあ、外で」

 翔が答えて靴を履くのを、杳が止めた。

「だったら上がってよ。飲み物、出すから」

 実は汗だくだった寛也を気遣って。が、寛也も翔もそれを辞退する。

「すぐ帰るからいいよ。じゃ、また明日な」

 言って寛也は先に外へ出る。その寛也を追いかけようとする杳を、翔が押し止どめる。

「僕がお見送りするから心配しないで。それより、もう着替えてきたら?」

 言って、自分だけ外へ出て、すぐに玄関のドアを閉めた。

 その二人の様子に、何かひっかかるものを感じながら、杳は居間へ入った。


   * * *



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