第1章
予兆
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「なぁセンセ、もういいじゃねぇ?」
寛也は柱時計を見上げて言う。寛也が授業をサボっていた時間はせいぜい30分程度だった。それなのに、拉致されて生物室に連れて来られてから1時間は経っていた。
「いいわけないだろう。結崎、落第したいのか?」
「でも、もう5時過ぎたし、センセも家に帰んなきゃ…」
「今日は予定もないから構わん」
「…寂しい奴…」
ギロリと睨まれた。
慌てて寛也は教科書に向かった。
ようやくに寛也が解放されたのは、それから1時間後だった。みっちり、今回の試験範囲の勉強までさせられた。
薄暗くなった廊下へ出て、ふと、寛也は教室の外にいた人影に気づいて、ギョッとした。
「杳、何で…?」
帰れと言ったつもりだった。
潤也か翔に言えば、間違いなく杳を家まで連れて帰るだろうと思って。
なのに、何故ここにいるのか。
驚く寛也に、杳は薄暗い中でも分かる奇麗な顔で笑った。
「結崎くんの弟の顔なんて知らないし、翔くんを捜したけど見つからなかったから」
嘘だと分かった。双子の弟の話は一度したから顔が分からない筈はない。翔にしても、杳が今日初登校なのだとしたら、心配して放課後は学校中を捜し回っていた筈だろう。狭い校内でその翔に出会わないことなど考えられなかった。
「だから結崎くんを待ってた。それに、オレのことを助けに来てくれるために授業を抜け出したんだろ? 放って帰れないよ」
妙な所で律義だ。周囲の事など気にしないのかと思っていた。
あの、阿蘇で出会ってからの一週間で知り得なかった事に、色々気づいていく。日常の中で知るそのことが、とても新鮮で、何だか嬉しかった。
「しょーがねぇな。送ってってやるよ。お前、自転車?」
バイクは乗っていないと聞いたので、そう考えたのだが、杳は首を振った。
「バス」
寛也は一瞬、絶句した。あそこから便の悪いバスを使っているのかと。バス停から歩いて30分近くかかったのに。
これは断固として却下だった。
寛也は普段乗らない自転車――中学の時には通学に使っていた――を引っ張り出すことにした。
* * *