第1章
予兆
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「大丈夫だよ。別に体調が悪かったわけじゃないんだし」
言って、ポンと立ち上がる。
「カバン、持ってきてくれたんだ? ありがと」
寛也からカバンを受け取ると、杳は先に休養室を出た。佐藤に礼だけ言って、そのまま廊下へ出た。
「何も…いないみたいだね」
杳は少し眉をひそめて、辺りをキョロキョロ見回す。あの化け物を警戒しているのだろう。
「ああ。あの後は気配を感じねぇから、どこかに隠れてんじゃねぇか?」
「校内に?」
杳は寛也を振り返って、嫌そうな表情をする。その杳の背を軽く押して。
「大丈夫だ。この辺りにはいねぇよ」
多分。異形のモノの気配は近辺には感じなかった。
寛也の姿に相手が逃げ出した理由は、恐らく自分より力の勝る者を恐れている為だろう。この学校には潤也も翔もいる。そうそうは出て来られないだろう。授業中、杳が一人になったのを狙ったのがその証拠だった。
それにしても、何故、杳が襲われたのか。心当たりがあると言えば有る。
寛也はチラリと、隣を歩く杳を盗み見る。
奈良の竜の宮の結界の中で、勾玉が壊された。それを持っていた杳に何の影響があるのかは知れない。だが、確実に、勾玉で封じられていたものが復活するだろうことは考えられた。今回の奴は、その手下である可能性が高かった。
考えてながら歩いていると、寛也はいきなり後ろから首根っこをつかまれた。
「捕まえたぞ、結崎」
聞き覚えのある声に振り返ると、地理の武田が睨んでいた。
「やべっ」
寛也は反射的に振り切って逃げようとした。が、そんなことは初めから承知の武田は、逆に寛也の後ろ襟を引っ張り、ぐいっと首に腕を巻き付けた。
「へ…ヘッドロック…」
首を締められる格好で苦しむ寛也。
「セ、センセ、これ、タイバツ、タイバツッ」
「体罰の漢字も書けない奴がぬかすな。来い、特別に補習授業をしてやる」
そのまま引きずられた。
「まって、センセ、ちょっとまっ…」
「問答無用っ」
ふだんの素行がこういう時にものを言う。寛也の言葉は全く聞き入れられなかった。寛也は手を振って自分を見送る杳に叫んだ。
「俺の弟の潤也か、お前んちの翔に話をしろ。あいつらなら、お前の話、絶対に信じるから〜」
最後の方は聞こえたかどうか。杳は、ただ、寛也を見ていた。
* * *