第1章
予兆
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「結崎、あとで武田が教員室へ来いってさ」
教室に戻った寛也にそう言ったのは、同級生の津田だった。さっきの授業中に抜け出してそのまま帰って来なかった寛也に、お咎めがあるようだと、同情のかけらも見せることなく言ってきた。
「武田、怒ってたか?」
「呆れてた。今時、あの理由はないだろうってさ」
言って、笑われた。
あれは緊急事態だったのだと言っても、多分通じないだろうし、何と説明すればよいのか分からなかった。
幸いにも杳の方は事なきを得たので、この際、教師の伝言は無視することにした。杳を迎えに行くと約束したのだし。
と、チャイムの音が響いた。教室のドアの前で待ち構えていたのだろう白衣姿の教師が入ってきた。次は選択科目の生物だった。
* * *
終業のチャイムが鳴ると、寛也は一番に教室を飛び出した。杳のカバンは多分更衣室に置いたままだろうと目星をつけて取りに行った。が、そこにはなくて、K組の特別教室の方へ誰かが運んでくれていたらしかった。それを回収して、寛也は保健室へダッシュした。
「おまたせー」
元気よく言って保健室のドアを開けると、佐藤がチロリと睨んできた。
「お前、彼女を向かえに来たんじゃあるまいし」
呆れ顔だった。
「な、何だよ、それ。俺は別に…」
言って、慌てて休養室へ駆け込んだ。
杳は彼女なんかじゃないだろうに。
「ったくぅ…」
カーテンを開けると、隣の声が聞こえていたのか、杳はクスクス笑っていた。
「何だ、起きてたのか?」
ベッドの上に腰掛けて、制服のネクタイまできちんとしめていた。寛也の言葉通り、ちゃんと待っていたようである。